明るさと決意

「泰継」
 夕餉を済ませ文机に向かいながら書を読んでいると、後ろから天狗が抱き付いて来た。
 書を閉じて机に置き、顔だけを彼へと向ける。そこには、笑顔の天狗がいた。
「……どうした、急に」
 頬に熱が宿ったが何故このようなことをしたのか気になり、理由を尋ねた。
 彼の唇が開く。
「理由はない。お前の傍にいたくなった」
 天狗は相変わらず笑っている。体温は上がっていたが、振り解こうとは思わなかった。視線を机の上に置いた
書へと向け、小さくそうか、とだけ返す。
 その直後、彼の手が衣の襟を開こうとした。
 息を呑む。同時に、鼓動が速くなった。
「……てん、ぐ」
 呼びながら手を重ね、動きを止める。彼はすぐに手を止めてくれた。
「――悪い。衣の下は、駄目か?」
 申し訳なさそうな声が聞こえる。そうではない。私は、天狗のことを拒んだわけではないのだ。大切な人が傍
に来てくれること自体は、嬉しい。
 だが。
「……そうではない。まだ、明るいから」
 まだ、陽は浮かんでいる。何度も温もりを交換したのにおかしいかもしれないが、明るい内から肌に触れられ
ることには抵抗があるのだ。
 本当は彼に応え、傍へ行きたいと願っている。だが、まだ外で活動している者がいる時刻に帯を解くことに背
徳感があるのだ。
 こんな私を、天狗は怒るだろうか。
「……分かった。それなら、やめる」
 だが穏やかに答えると、彼は衣の襟を器用に閉じてくれた。
「……怒らないのか?」
 私は驚き、天狗のほうを向いた。彼に応えることの出来ない私に、怒りを感じないのだろうか。
 すると、柔らかな声が聞こえて来た。
「もっと近付きたいのは本当だが、泰継を嫌がらせたくもない。だから、お前が許すまで待っている」
 天狗の目は、とても優しかった。怒っている様子は全くない。
 彼の動きを止めてしまったのに、私を待ってくれているのだ。
 天狗はいつも私を急かさず、柔らかく笑ってくれる。
 だからこそ私は、彼を愛しく想っているのだ。
 私は――優しい天狗の、近くに行きたい。
 だから、しばらくして気が落ち着いたとき、彼に応えよう。
 決意をしてから、私は天狗の手を握った。


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