あに


「泰明」
 庵で少し身体を休めていると、呼びかけられた。戸のほうへと移る。私のところに、客だ。
「――天狗」
 戸の位置を変えると、唇を綻ばせた天狗が足を踏み込んだ。年が明けてから、初めて逢う。
 旧年の末、穢れを祓うため帝に謁した。元日の夕刻になったので、帰宅したのだ。
「任務、終えたか」
「……天狗?」
 戸の位置を戻し、天狗は問いかけるように呟く。私を、見つめながら。
 笑って、目を見つめている天狗。嬉しい、が、意図は読めなかったので、瞬きせず見つめた。
「綺麗な瞳だ。責任を持って、こなしたか」
 髪に、手を伸ばされる。怠らず努めたことを、目から読んだらしい。
 天狗の瞳も――美しい。騙っているはずもない。
「……ありがとう」
 胸が痛むほど、幸せだった。疲労も、消える。瞼で瞳を塞ぎ、うつむきながら礼を述べた。元日に、北山から
赴いてくれたことも、嬉しい。
「頼もしく、なった」
 髪に置いた手をどかさない天狗。昨年末からの任務で、目に映るほどの変化などあるだろうかと思ったが、嬉
しい。
 だが。
「天狗っ……」
 不意に、背へ手を移された。瞳を塞ぐことをやめ、小さく抗う。胸が壊れそうで、評価にも答えられない。
 だが。天狗の笑顔は、消えない。
「頼もしくなっても……変わらんな、泰明。可愛い」
 笑いながら、違うところを褒める天狗。
 背が、押される。身体が、天狗の傍に移ったとき。
 唇が、寄せられた。
 思わず、瞼で瞳を塞ぐ。そして。
 唇さえも、評価されたように思えた。


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