鮮やかな調理台

 
 深夜零時、台所に立った天狗は調理台の上に様々な食材を並べていた。
 板チョコレート、生クリーム、牛乳、パックに入った苺とナッツに、近くの店で購入したパン。この時刻には合わ
ないほど鮮やかな食材が台の上に揃っている。
 このような時間に自分は何をしているのだろう。そんなことを考え、手を止めた。このようなことをしても意味が
ないということは分かっている。
 彩られた調理台を見ていても仕方がない。自嘲しながら台の上の食材を戻そうとした瞬間、小さな音と共にリ
ビングのドアが開かれた。
「天狗」
「泰継!どうした?」
 自分の部屋に戻ったはずの泰継がそこにいた。後ろ手にドアを閉め、台所へとやって来る。
「音が気になったのだ」
「起こしたか?悪い」
 まだ着替えていない自分とは違い、泰継はパジャマを纏っている。注意はしていたつもりだが、眠りを妨げる
ような音を立ててしまったのだろうか。
 しかし、その不安は泰継によって否定された。
「いや、眠っていたわけではない。だが……一体何をしていたのだ?」
 台に乗った食材に、泰継は怪訝そうな表情を浮かべる。
 現場を見られては事実を告げる他ないだろう。天狗は、口を開いた。
「――日付が変わったからな……お前と二人で食べられればと思ったのだが」
 天狗は、傍にあった小さな鍋を手に取った。
 今日は二月十四日。バレンタインデーだ。一週間ほど前から、この日は二人でチョコレートフォンデュを食べ
ようと約束していた。そのときを待ち切れず、日付が変わったと同時につい準備を始めてしまったのだ。
「……この時刻、食べ物を摂取することに賛成は出来ない」
 台の上に手を置き、泰継は言った。正論だ。この時間に食事をすることは身体にも良くない。
 そのようなことは分かっていた。だが、どうしても仄かな期待を消すことが出来なかったのだ。
「そうだな……」
 台上のものを片付けようとしたそのとき。
「だが……お前と共に時を過ごすことは……嬉しい」
 少し照れたようなその声に、天狗は手を止めた。
「――泰継……」
 隣に立つ泰継の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
 常識から外れていても、自分と共に過ごせることを喜んでくれているのだ。
「――今日は特別だ。始めよう」
 小さな鍋に手を伸ばそうとする泰継を、ありがとう、と囁いて抱きしめた。


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