ばかり


 天狗は、庵の傍にいる泰明を見つめた。
「では、邪魔するぞ」
 天狗は、小さく頭を下げる。
「――分かった」
 彼は静かに頷き、庵の扉に手を伸ばす。見知った部屋が、目に映った。
 泰明に頼み、庵へ招いて貰ったのだ。彼も今日の任はもう終えている。ゆっくり、共に過ごしたいと思う。
 下駄を揃えてから部屋で羽を伸ばし、天狗は戸の位置を戻している泰明に話しかけた。
「お前の庵は、安らぐな」
「――北山の庵とは全く異なるが、安堵するのか?」
 沓を揃えた彼は、自分のほうへ歩きながら不思議そうな目をした。
 見つめ返し、返答する。
「異なるからこそ面白い。安らぐのは、難しそうな本ばかり並んでるせいかもしれんがな」
 確かに北山の住処とは全く異なるが、この部屋は好きなのだ。無駄が省かれており、泰明の働く姿を容易く
思い浮かべられるのも嬉しい。読破したであろう分厚い本を眺めているだけで安らかに眠りそうになる、という
のも本当だが。
「――眠るな。まだ夕刻だ」
 彼は呆れたような目でこちらを見る。だが。
「――心配するな。お前が傍にいるから眠りたくない」
 ふたりでいる時間を、無駄にするつもりはない。ゆっくりと、足を真っ直ぐに伸ばし、身を縦にする。
「てん……」
「――泰明。儂をもてなせ」
 瞬きもせずこちらを見る彼に、頼む。部屋で過ごせるのだ。可能ならば、もてなしてはくれないだろうか。
「……もてなしについての知識がない」
 泰明は困ったように呟く。だが、難しいことではない。
「抱きしめられてくれないか?」
 多少の抗いならば許す。だから、腕に包まれて欲しい。
 天狗は、静かに彼を抱きしめる。
「てんっ……」
 身を強張らせる泰明。そっと、彼の頭をなでた。
「――幸せだ。お前にはもてなしの才がありそうだな。晴明に見つからぬよう努める。心配はするな」
 泰明が傍にいてくれることが、一番のもてなしだ。彼の師には目撃されぬよう努めるから、幸せをくれ
ないだろうか。
 泰明はまだ緊張しているようだったが。もてなして、くれた。


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