どちらも

 
 ある日の夕刻、天狗は西日に照らされた晴明の庵を訪れた。
「晴明、いるか?」
「ああ。どうかしたのか?」
 戸を開けると、文机に向かい書を読んでいた晴明が振り返った。
「いや、実は若い天狗にこんなものを貰ってな」
 下駄を脱いで晴明に近付き、天狗は衣の袂に入れた小箱を取り出す。
「薬か?」
 書を閉じ文机に置き、その箱を見る晴明。天狗は蓋を外し、粉状の薬を示した。
「ああ。ただ、効果は聞きそびれてしまった。晴明、この薬がどんなものか分かるか?」
 今日の昼、仲間である若い天狗に新しく開発したというこの薬を渡されたのだ。しかし彼は他の者にも配ると言
い早々に去ってしまったため、肝心の効果を訊くことは出来なかった。
「すまない、私にも分からぬ。ただ……面白い薬のような気がする」
 晴明は箱の縁を指でなぞりながら、興味深げな視線を薬に注いでいた。
 面白い。彼が思うのならば、きっとそうなのだろう。晴明は賢く、鋭敏だ。
「そうか。試してみるか?」
「ああ。だが、もう少し観察しても良いか?」
 晴明は顔を上げた。その目は未知なるものへの期待に輝いている。薬に好奇心を刺激されたようだ。
「ああ、好きにしろ」
 彼の邪魔をするつもりはない。しばらく晴明の表情を楽しもうと、天狗はその場に寝転んだ。

「これは……少し、意外だな……っ」
 しばし横たわった体勢のまま晴明を見ていた天狗は、耳に入った普段とは違う声に身を起こした。
「晴明、どうした?」
「すまない、天狗……支えて、くれ」
 掠れた声と共に晴明の姿勢が崩れる。このままでは、床に倒れてしまう。
「晴明!?」
 慌てて腕を伸ばし、その身体を抱きとめる。晴明の手から箱が床に落ち、薬が広がった。それと同時に。
 支えていた身体は、徐々に衣ごと縮んで行った。

「――天狗」
「……起きたか」
 褥に寝かせた晴明が瞼を開けるまでに、そう時間はかからなかった。自身を呼ぶ彼をそっと手で包み、もう一
方の掌に乗せ、顔を見ることが出来る位置まで持ち上げる。
「ああ。これは興味深いな」
 掌に立った晴明は、もう状況を把握しているようだ。狼狽する様子もなくこちらを見上げている。
「そうだな……まさかこんな薬だとは思わなかった。まあ、少しすれば戻れるだろう」
 片付けた粉状の薬を思いながら天狗は言った。彼がこうなってしまった原因は恐らくあの薬にある。顔を近付
けたときに吸い込んでしまったのだろう。だが、服用してはいない。少しすれば元に戻れるはずだ。
「ああ。少しの間、この姿を楽しむのも悪くない」
 晴明は、いつもと変わらぬ柔らかな微笑を浮かべた。
「……余裕だな」
 天狗は晴明の顔を見つめた。彼は常に冷静な男だ。しかしこのような状況にあっても微笑むことが出来るとは、
少し意外だった。
「ずっとこの姿のままでも、特に大きな問題があるようには思えないのでな。身体が縮んでも陰陽の力は衰えぬ。
それに……お前と愛し合うことも出来るのではないか?」
 晴明は、表情を崩すことなく天狗の目を見ていた。
「晴明……」
「共に過ごすことには何の障害もない。少々難しいが唇を重ねることも出来る。ああ……身体を重ねるのが大変
か。どうすれば良いと思う?」
 美しい瞳を逸らさず晴明は言う。その声は弾んでいた。この状況を楽しんでいるのだろう。
 全く、彼には驚かされることが多い。天狗は一度息を吐き、晴明の問いに答えた。
「――儂に訊くな。お前なら一時的に身体を元に戻す術くらい使えるだろう」
「そうだな。しかし、そう考えると本当にこの姿も悪くないような気がするな。だが、泰明を驚かせてしまう
か」
 確かに、師がこのような姿になったと知れば泰明は困惑するだろう。
「ああ……」
 泰明が帰るまでに元の姿に戻れると良いのだが。そう考えていると、不意に掌から晴明の声が聞こえた。
「――天狗。この姿の私は嫌か?」
 先ほどの弾んだ声とは違う、真剣な声。晴明は真っ直ぐにこちらを見ていた。
 だが、晴明を厭うことなどありえない。
「――分かっているだろう。色々面倒だとは思うが、別にお前がこの大きさのままでも嫌ではない」
 たとえこのまま身体が戻らなくとも、彼への想いは少しも変わらない。先ほど彼が言ったように、愛し合うことも
出来るだろう。
「ふふ、ありがとう」
 晴明の顔に、再び穏やかな笑顔が浮かぶ。
 そのとき、室内を一陣の風が吹き抜けた。
「――晴明」
 この風、自然のものではない。直感的に天狗はそう判断した。それは当たっていたようだ。
「ああ、そろそろのようだな。下ろしてくれ」
 晴明の纏う衣の袖が風に靡く。どうやら、薬の効果が切れるらしい。
「分かった」
 そっと褥に晴明を下ろすと、ほぼ同じくして身体は膨張し始めた。
「――あのままでも良いかと思っていたが、やはりこの姿のほうが落ち着くな。お前にこうして抱き付くことも出来
る」
 元の姿に戻った晴明は、腕を絡めて天狗に身を寄せた。
「……ああ」
 小さくなった晴明も良いが、彼と抱き合うのも悪くない。天狗は背に腕を回し、晴明を抱きしめた。


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