度胸と素早さ

 都が西日に照らされ始めた頃。私は、北山に来ていた。
 隣には、天狗がいる。今日は急を要する任務がなかったので、彼に逢うためこの地を訪ねたのだ。
 穏やかに唇を綻ばせた天狗と、歩調を合わせて清らかな気を感じる。とても、幸せな時間だと思う。
 だが、せっかく逢えたのだからもっと彼の近くに行きたいという気持ちが湧いて来た。
「天狗」
「何だ――」
 こちらを向いた彼に、爪先立ちで唇を重ねる。
 それからすぐに元の姿勢に戻り、視線を上に向けた。天狗は身動きせず、目を見開いて私を見ている。
「……驚いているな」
 予想していた通りの反応に、少し嬉しくなる。彼はひとつため息を吐いてから、口を開いた。
「――当たり前だろう。全く、こんなところを他の天狗に見られたら最高位の名が廃る」
 彼は、一族の中で最高の力を誇る妖だ。他の天狗たちからは尊敬され、慕われている。そのような者たちに、
今のような姿を見られるのは好ましくないのだろう。
「私は、慌てるお前も好きなのだがな。外で触れ合うのは控えたほうが良いか?」
 素直に反応してくれる彼も好きだが、もし嫌だと感じているのならばそのような行為は控えよう。
 天狗は短い沈黙の後、言った。
「……別に、そこまでする必要はない」
「そうか」
 彼の唇は、綻んでいた。どうやら私を受け入れてくれるらしい。私は安堵し、小さく息を吐いた。
「それにしても、儂にこのようなことが出来るのはお前くらいだぞ、晴明」
 天狗は、笑みを崩さずに告げた。
「そうなのか?」
 目を合わせ、尋ねたとき。
 彼の手が、頬に当てられた。
「――だがまあ、それくらいの度胸がないと儂には釣り合わんがな」
 言葉の終わりに、天狗は瞼を閉じた。
 彼は最高位。傍にいるためには、このようなときも素早く対応しなければならない。
 私もそうだな、と答え、そっと目を閉じる。
 ほどなくして、柔らかなものが私の唇を塞いだ。


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