外見のみ

 身支度を済ませた泰継が、ゆっくりと立ち上がった。
 傍に座っていた天狗は、彼に視線を向ける。
「……泰継」
 そして、小さく呼びかけた。
 彼の真っ直ぐな瞳が、こちらへと向けられる。
「どうした?」
 その問いに返答しようと、天狗も立ち上がり、唇を動かした。
「――いや。少し、名残惜しいと思ってな」
 掌を、泰継の胸に置く。彼は、目を見開いた。
 あまり泰継を惑わせてはいけない、と、理解はしている。だが、どうしても近付きたいと思ってしまうのだ。
 昨夜はすぐ傍にいることが出来たのに、今、その身体は布に隠されてしまっている。ふたりで過ごせるときは
もう終わったということを実感すると、やはり寂しさが込み上げて来るのだ。
 凛とした姿の彼。あの時間は、夢だったのではないかとすら思ってしまう。
「……天狗」
 しばらくして、泰継は俯きながら呟いた。
 促すように、尋ねる。
「――何だ?」
 彼は、短い沈黙の後、視線をこちらに向け、口を開いた。
「……衣を着替えても、お前を愛しく想う気持ちまで、変化するわけではない」
 綺麗な目。そして、薄紅を浮かべた頬。
 本当の気持ちを告げてくれたのだと、伝わって来る。
 息を呑んだ後、天狗は、幸せを感じた。
 ふたりで過ごせる時間は確かに終わったが、泰継の想いはきっと、昨夜と少しも変わらないのだろう。
 そして、それは、天狗も同じだ。衣を着替えたときに変わるのは外見のみ。想いに影響することはない。
「――そうか」
 ゆっくりと、彼の胸に置いた手を動かす。泰継は一瞬目を見開いた後、下を向いた。
 その反応が、愛らしい。
 天狗は胸に置いた手をどけてから、二本の腕を伸ばし、彼を抱きしめた。


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