がた


「泰明」
 元日の夕。室内に、声が聞こえた。すぐに振り返り、映す。
「天狗。支度が済まない。戻って構わない」
 北山の主に知らせる。しばらく準備する。先ほど帰ったので、衣の揺らぎを修正する。手は探る。
 昨年末から、様々な儀に参加していた。陰陽師の務め。清い気を生み、内裏で新年を迎える。元日、夕になれ
ば儀も終えられる。
 天狗のもとには、自ら訪れるつもりでいた。幸せなとき。出来れば綺麗な衣を纏いたい。
「疲労しているなら、自室にいろ。今も美しいぞ」
 不意に、褒められた。綺麗な微笑に、胸は、少し強く鳴る。
 一歩天狗の近くに移り、伝える。
「準備、は、する」
 賞賛は嬉しいが、止めない。意思を、示す。いつもと一致しない箇所を少し修正する。
 刹那、静かな呼吸が聞こえた。
「邪魔するぞ」
 室内を足で荒らすことなく、客が私にも見える位置に移る。天狗は角に肩や背を寄せ、座り込んでいる。
「帰宅しないのか?」
 不思議に思い、見つめた刹那。
「ほら、崩れている。泰明も、手を止めて傍に来い」
 笑い声が、聞こえた。手は、袖に戻せない。
 配慮せずに姿勢を変えるとき、衣は乱れる。共に崩しているから並び過ごせると、主張しているらしい。
 少し、呆れる。服の乱れは、要らない。だが。
 近付くことを、否定するつもりはない。
「掃う」
「ありがとう」
 寄る私。天狗の袖は、直す。
 嬉しさで、胸が鳴る。天狗の傍にいられる。自分の衣を修正するときよりも、無論、嬉しい。
「しばらく、作業する」
 天狗に呟く。後ろに思い切り寄っているらしく、衣がすぐには直せない。終わりまで移らないことを許されれ
ば、作業は止めずに済む。
「頼む。今年もよろしくな、泰明」
 近くで、優しく声が聞こえる。
 手は止めずに、ゆっくりと頷いた。


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