がよ


 午前零時には、手を寄せられそう、と思った。天狗は、目指した窓に手を寄せる。
「泰明」
 部屋の主に話しかける。ほどなく、美しい瞳は窓際に移ってくれた。
「天狗。話を、打ち明けられるか?」
 手を止めず、彼はそっと窓の鍵に指を添える。ゆっくりと、足を踏み込んだ。
 零時のことを話したのは天狗から。特別な日が訪れるとき、傍に降りたい。静寂を阻害せぬよう、騒がずに過
ごそう。頷きを目に映し、ひとり空を飛び部屋を目指した。腰や足は守っているが、羽を邪魔する服はない。
 新しい日を、時計が示す。天狗は、窓の位置を戻してから手に提げた用具を泰明に見せた。
「無論」
 恐らく、見たこともないのだろう。彼は、驚いたように無言で品を目に映している。
「――不思議な、箱だ」
 彼の呟きが聞こえた。天狗は、諭すように囁く。
「泰明。誕生日、おめでとう」
 九月十四日。祝うとき。彼の、記念日だ。
「天狗、ありがとう」
 泰明は瞳を瞼で塞ぐこともなく用具を見ていたが、ややして礼を聞けた。
 安堵しながら、天狗は用具を指で示す。
「ちゃんと、更に褒美も用意したぞ。読んでみろ」
 贈ろうと選んだのは、柔らかさを保てる小さな円筒。鞄のような構造で、他の褒美も収めている。読めるだろ
うか。
「ドーナツだろう」
 一瞬で、彼は予想した。
 そっと、鍵を取り収めている褒美を見せる。
「分かった。鍵を取ろう。間違えないのか。驚きだ。賢いな!」
 素晴らしい読みを、褒める。泰明に選んだのは、ドーナツを携えられる用具だ。鍵で、更に強く守れるように
作られている。
「あまり騒ぐなら帰れ」
「手作りだ。ほら」
 睨む彼を注意せず、ドーナツを持ち、見せる。菓子は、天狗が作ったのだ。
 泰明は少し惑ったように、口を噤む。だが。
「……幸せが、響く」
 少しだけ、唇と歯を寄せてくれた。
「少し、貰おう」
 愛らしさに、見惚れる。
 帰り際だ。少し、足を踏み込もう。
 天狗はドーナツに寄せてくれたところを、そっと、唇で塞いだ。


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