疑問と仮定

 私の呼吸は、乱れていた。お師匠の眼差しが、真っ直ぐこちらに向けられていたから。
 褥に背を預けた私に、お師匠は被さっている。これから、夜が明けるまで、私とこの方は共にいるのだ。
「――泰明」
 呟くような声が聞こえる。その直後、綺麗な手が単の帯へと伸びて来た。
 思わず、目を閉じる。鼓動が速く、息は止まりそうだった。
 お師匠の温もりを感じるのはこれが初めてというわけではないが、やはり神経が張り詰めてしまう。不安
と――師に近付きたいと願う気持ちが入り乱れ、鼓動が更に速度を増す。
 こうして瞼を閉じていると、胸が壊れてしまいそうだとさえ思う。鼓動を鎮めるために深く呼吸をすることさ
え、今の私には出来ないのだ。
 もし、本当に胸が壊れてしまったらどうすれば良いのだろう。そんな疑問が、頭を過ぎる。
 壊れてしまうのは怖い。その気持ちはある。だが。
 お師匠のすぐ傍ならば、幸せも感じるかもしれない。
 そのように思いながら、瞼を開けずに師の動きを待つ。だが、帯に添えられた手がそれを引くことはなかっ
た。
「お師匠……?」
 不思議に思い、目を開ける。そのとき、柔らかな笑みが私を迎えた。その美しさに、息を呑む。
 お師匠は帯から手をどけると、私と目を合わせ、言った。
「……急ぐ必要はない。お前の緊張を解すのが先だ」
 お師匠の手が私の頭をなでる。その動きはとても優しく、胸が満たされて行った。
 もし、胸が壊れてしまえば、師の傍にいることは出来ない。言葉を交わすことも、温もりを感じることも出来
ない。
 やはり、私は壊れたくない。お師匠の傍にいることが、本当の幸せだから。
「お師匠……」
 私は呼びかける。鼓動はまだ速いが、不安は薄れていた。
 お師匠は頷く。そして、もう一度その手を私の帯へと伸ばした。


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