ごく軽く

「――泰継」
 身支度を終え、八葉としての務めを果たすため庵を出ようとする泰継を、天狗は名を呼んで引き止めた。
「何だ、天狗?」
 泰継は戸に伸ばしていた手を止め、振り返る。
 彼に近付き、目を合わせながら、天狗は訊いた。
「――辛くないか?身体……」
「……ああ。痛みも感じない」
 昨夜の行為を思い出したのか声は小さかったものの、はっきりと泰継は答えた。
「そうか……すまない」
 その返事に安堵はしたものの、天狗の胸にある罪悪感は消えなかった。頭を下げ、謝罪する。
「――何故謝る」
「いつもお前には無理をさせてしまうから、な」
 泰継は本当に大切な人だ。傷付けたくなどない。だが彼との距離がなくなるとき、想いを抑え切れなくなってし
まうのだ。結果、泰継にはかなりの負担をかけることになる。昨晩も同じように行動し、無理をさせてしまったの
だ。
「――無理などしていない」
「……そうか、だが……」
 泰継は真っ直ぐに天狗を見ていた。しかし、我を忘れたまま動いてしまったことに変わりはない。もう一度、すま
ない、と告げようと、口を開く。
 だが泰継の言葉によって、それは阻まれた。
「――天狗、私は本当に無理などしていないのだ。確かに、痛みが全くないかと問われればそれは違う。だ
が……お前の傍にいられることが、私は嬉しい。重なっているときも、お前に包まれて眠るときも、この胸はとて
も温かいのだ」
 思うままに行動した天狗を責めることもなく、頬に薄紅を浮かべて泰継は言った。
 痛みがあってもなお、彼は自分の傍にいることを嬉しいと思ってくれているのだろうか。
「――本当か?」
「――ああ。だから……私は、辛くなどない」
 泰継は微笑した。柔らかな声音が、その言葉が真実なのだと告げている。
「――そうか。ならば、良かった。だが、これからもお前に負担をかけないように努力する」
 天狗は顔が綻ぶのを感じた。泰継を傷付けてはいなかったことへの安堵感、そして何よりも、彼が微笑んでく
れたことへの幸福感が、胸に広がって行く。
「――ああ。では、天狗。行って来る」
 泰継は笑顔のまま、天狗の瞳を見て言った。そろそろ出かけなければならない時間だ。
「ああ、行って来い。気を付けてな」
 言葉の終わりに、天狗はそっと泰継の頬に手を添え、唇を重ね合わせた。
 これから務めを果たす彼のことを考え、ごく軽く。だが、気持ちは伝えたつもりだ。
「――ああ」
 唇の触接を終えたとき、泰継は頷いた。想いが、届いていると良い。そう思いながら、天狗は彼の頬をなでた。


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