はめ


 深い、夜。天狗は、静かに口を開いた。
「泰明」
 傍の褥でそっと呼吸する者。横になる準備は、済んでいる。
 先日彼を誘い、承知して貰えた。山の庵で安らぐ夜は、すぐに過ぎてしまう。少し眠らずにいたい。綺麗な
瞳。守らせて、欲しい。
 黙し、泰明をそっと見る。飽きない。瞬きも、いらない。
「てん、ぐ。理由が、気になる」
 しばらくすると、小さく質問された。天狗は少し目を休め、惑っているらしい彼に視線の理由を話す。
「見惚れる表情だ。胸も、止まない」
「勝手に、しろ」
 言葉の後、横を向かれた。天狗は安らかに呼吸する。睨まれない。見つめることが出来る。薄い紅に染まって
いる頬は、愛らしい。
 短い了承は得られた。背を伸ばし、膝も揃え、更に彼を映す。魅力的な横顔だ。ずっと瞳に映せれば嬉し
い。だが、痛みを誤魔化せない。
 癒しは不足している。もっと近くで囁きたい。ゆっくりと、彼に訊く。
「やはり、同じ姿勢は続くと苦しいな。泰明の褥に、移って良いか?」
 乱れのない姿勢は、苦になる。せっかくの美しさを堪能出来ない。無理のない姿勢で見つめることを、許して
貰えると嬉しい。
 彼は、目を見開く。急かすつもりはない。天狗も静かさを破らない。しばらく、無言で泰明と並び過ごし
た。直後。
「拒否、は、しない」
 小さく、教えてくれた。そっと頷き、彼に寄る。
 泰明の表情が、不安を宿す。すぐには、移らない。
 少し休んでいると、聞こえる呼吸が落ち着いた。天狗は強く締められている帯に指を寄せる。
 彼を見つめながら、素早く、絡め取った。


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