はん

 
「天狗。戻った」
 夕。天狗は、室内で静かな声に気付いた。
「お帰り、泰継」
 そっと、天狗は頷く。安らぎ過ごせる、相手だ。
「少し、座る」
「ほら、休め」
 誘いに応え、ゆっくりと彼は隣を埋める。直後。目が、合った。
「天狗。散歩したか?山は天狗の気を強く纏っている」
 泰継の問い。天狗は声を響かせる。
「ああ。久しぶりに木立のもとで安らいだ」
 周囲を蝕む淀みは随分と清められている。今日は気分も良く、ひとりで過ごす際は少し木々と和んでいた。
「自然は、目にも優しいな」
 彼の呟き。天狗は、そっと提案した。
「泰継も移るか?」
 庵に踏み込んだばかりの彼。きっと、疲労は少し積もる。だが、共に木を見たいと感じる。
 綺麗な瞳は、天狗を映してくれた。刹那。
「ああ」
 迷いのない声が、聞こえた。

 複数の植物が守る場所。息をすれば、安堵出来る。
 横にいる者は、目を閉じていた。真っ直ぐな双眸がそっと開く。自然の美にも劣らない。
「癒された。ありがとう」
 胸を打つ、彼の微笑。天狗は見惚れつつ、示す。
「――よし。庵で休もう」
「分かった」
 素直に、承知してくれる。
 ゆっくりと歩みつつ、天狗は美しい横顔と更に距離を詰めたいと感じた。

「泰継」
 庵に踏み込み、そっと話す。
 願いを、表すつもりでいたが。
「戸に、寄る」
 彼はすぐに隙間なく閉めた。庵が安全な場所に変わる。
「……ああ」
 伝える時期を逃した。天狗は下に視線を移し、呟く。
「すまない。苦しいのか?」
 泰継は優しく寄ってくれる。美しい瞳に、再度見つめられた。
 おかしなとき。だが、聞いて欲しい。深く呼吸しつつ、彼と目を合わせる。
「いや。泰継」
 一歩寄り、彼の頬に指で温もりを与える。
「てん、ぐ」
 見開かれた瞳。だが、傍にいてくれる。そっと、願う。
「目も、閉じてくれるか?」
 嬉しさを表す唇に惹かれた。外では堪えたが、今、触れさせて欲しい。
 僅かな静寂の後、頷きが映った。
 天狗は再度、泰継の瞼を見つめる。
 小さく呼吸てから、美しい唇と休んだ。


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