変化の証

 
「天狗」
 北山の庵で寛いでいた天狗は、自分を呼ぶその声を聞き、戸を開けた。
「晴明、良く来たな」
「ああ。上がっても良いか?」
 穏やかな微笑を湛え、戸の前に立った晴明は問う。仕事が一段落し時間に余裕があるときなどに、彼は良くこ
の庵を訪れるのだ。
「構わん」
「では、失礼するぞ」
 晴明は、小さく頭を下げ、履きものを脱いで庵に上がった。
「ああ、来い」
 顔に笑みが浮かぶのを感じながら、天狗は彼を部屋へと先導する。何度回数を重ねても、彼の訪問はとても嬉
しいものなのだ。
 これからしばらくの間、彼と二人で過ごすことが出来る。
 天狗の胸に、温かさが広がった。
 
「――相変わらず落ち着くな、この庵は」
 円座に腰を下ろした晴明は、目を細めてゆっくりと部屋を見回す。
「そうか……」
 隣に座した彼に返事をしながら、天狗はふと、ある種の感慨のようなものを覚えた。
 以前の自分は人間にそれほど興味を持ってはいなかったと思う。負の感情を抱いてはいなかったが、強く惹か
れていたわけでもなかったのだ。下らぬと思い危害を加えることはしなかったが、積極的に関わろうともしていな
かった。
 だが、今は。すぐ近くに晴明がいる。半分妖の血が流れているとはいえ人間である彼の隣に座っているのだ。
 昔の自分が知れば仰天するだろう。彼の訪れを心から喜び、彼の隣にいることを心地良いと思っているのだか
ら。
 自分をここまで変えたのは、間違いなく晴明だ。以前までの人間に興味のなかった自分はもういない。そして、
あのときに戻れと言われても従うことは絶対に出来ない。泰明と、晴明。かけがえのない存在が自分にはいるか
ら。
 随分変わってしまったものだ、と思う。しかしそれは、きっと悪いことではないのだろう。変化の証とも言える温
かな想いが、この胸には溢れている。天狗は、晴明の顔を見つめた。
「――どうかしたか?」
 自分をここまで変えた男は、今日も美しく微笑んでいる。これからも、傍にいて彼を見つめていられたら良いと
思う。
「……いや、何でもない」
 どうということはない。ただ、彼への想いを再確認しただけだ。天狗は、晴明に笑顔を向けた。
「――そうか。天狗、良い唐菓子を持って来たのだ。食べないか?」
 晴明は顔を綻ばせ、衣の袂から美しい紙の包みを取り出した。
「――ああ、貰おう」
 彼に対して確かな愛しさを抱きながら、天狗は頷いた。


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