疲労と立場

 
 褥の上に座り、天狗は息を吐いた。
 隣に横たわっている晴明が、その理由を知りたいのか視線をこちらに向ける。今日、彼はこの庵に泊まってい
るのだ。
「――晴明。お前は、嫌ではないのか?」
 彼と目を合わせ、小さな声で尋ねる。晴明は、上体をゆっくりと起こしながら言った。
「……何が、だ?」
「儂が上にいると、疲れるだろう」
 以前からの疑問を、彼に伝える。
 つい先ほどまで、晴明とは互いの温もりを分け合っていた。今はもう、大分夜も更けている。
 彼のことを感じるとき、自分はいつも激しく動いてしまう。負担になっていないだろうか。
 晴明は少し驚いたように目を見開いたが、ほどなくして口を開いた。
「――そのようなことは気にしたことがない。お前といるときはいつも幸せだ」
 その唇は、綻んでいる。声音もとても柔らかい。
 彼は、どのようなときも変わらない。だから、本音を読み取ることは難しい。
 だが、その瞳は真っ直ぐこちらに向けられている。
 恐らく、今の答えは本当なのだろう。
「――晴明」
「天狗、お前はどうだ。私の立場になったら、疲労を気にするか?」
 そっと名前を呼んだとき、彼は小さな笑い声を上げながら予想していなかった疑問をぶつけて来た。
 少し面食らったが、想像してみる。
 晴明の立場になる、ということは、つまり自分が導かれる側になるということだ。彼に従わなければいけな
い。自由に動ける今より、負担は増えるだろう。
「……悪いが、気にすると思うぞ」
 しばらくしてから、返答した。晴明への気持ちは確かなものだが、それでも疲れを無視することは出来ないだ
ろう。
 だが。
「――そうか」
 彼は納得したように呟く。そのとき、褥の上で晴明の手を握った。
 彼は何も言わず、見開いた目をこちらに向けている。
「……だが、許してやる。お前だからだ」
 天狗は一度深く呼吸をしてから、告げた。
 晴明のように、疲労を無視出来るほど懐は広くない。
 だがもし、導かれたことで身体に痛みが走っても、きっと自分は彼を許すだろう。
 晴明は――かけがえのない存在だから。
「――ありがとう」
 彼は短い沈黙の後、穏やかに笑った。
 何も言わず、その唇に自分のそれを重ねる。
 しばらくして解放したとき、晴明は、もう一度唇を綻ばせた。


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