二つの質問

「天狗、私だ」
 元日の暮れ方、私は北山の庵を訪れた。何度か戸を叩けば、中から逢いたかった人が現れる。
「おお、晴明。もう、仕事は良いのか?」
 内側から戸を開けた天狗は、約束もなしにやって来た私を歓迎してくれた。数日振りの対面に、思わず唇が綻
ぶ。
 昨年の終わりに参内した私は、今日まで陰陽師として多くの儀式に力を添えていた。日中にようやく役目を終
え、帰宅することを許されたのだ。
「――ああ、終わらせた」
 当然、その間は天狗と話すことさえ叶わなかった。満たされなかった心に、光が欲しい。
 私は素早く片手の五指を彼と絡み合わせ、直後に唇を奪った。
 普段よりも、甘い。
「……突然だな」
 このようなことをするのは初めてではない。唇を元の位置に戻したとき、天狗は多少驚いてはいたようだが、私
を咎めはしなかった。
 掌を合わせたまま、彼に問いかける。
「――天狗、二つ質問がある。宮中にいる間、お前に逢えなくて私は寂しかった。お前はどうだったのか聞かせ
て欲しい」
「……ずっと、お前に逢いたいと思っていた」
 天狗は低い声で答えてくれた。どうやら、私だけが彼を想っていたわけではないらしい。
 それならば、一番知りたかったことも尋ねられる。
 私は彼と間合いを詰め、軽い口調で切り出した。
「――ありがとう。では、次だ。私は邸を出る際、天狗の庵に泊まる約束をしていると泰明に告げて来た。お前が
嫌だと言えばすぐに戻るが、私は嘘吐きということになってしまう。さあ、お前はどうする?」
 天狗が首を横に振りやすいよう、なるべく重々しくない表情と声を作ったつもりだった。しかし今、私の顔に笑み
など浮かんでいないだろう。
 これから天狗の体温を確かめる権利が欲しい。私を嘘吐きにせず、このわがままを受け入れてはくれないだろ
うか。
 浅ましいほどの懇願。だが僅かな沈黙の後、天狗は静かに言った。
「……断るわけがないだろう。やっとお前と過ごせるのだから」
 言葉の終わりに、彼は微笑んだ。そのまま私の手を引き、庵の戸を閉める。
 それは、私がここにいられる、ということを意味していた。
「――ありがとう、天狗。本年も、よろしく頼む」
 絡めた指に力を込める。本当は叫び出したいほどに嬉しかったが、それは何とか抑えられた。
「……ああ」
 私の手を握り返すと、天狗は逆の手を私の腰に回し、ゆっくりと掌を動かし始めた。
 今年も、良い年になりそうだ。私は、そっと瞼を閉じた。


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