評を


「……お帰り、泰明」
 外から邸の門に踏み込んだところで動けずにいると、お師匠が声をかけてくださった。
「――ただ今、戻りました」
 私は、そっと頭を下げる。だが、まだその場から移動は出来なかった。
 私は夕刻までに果たすべき役目を済ませ、この場所へ戻って来た。直後、庭の花に囲まれた師を見たのだ。澄
んだ気を集め、身を清めるためだろう。花にも負けないその姿に、目を奪われたのだ。
「……どうした、泰明。庵に戻るか、こちらへ来るかすると良い」
 不思議そうな声で、ようやく我に返る。
「――すみません」
 謝罪してから、ゆっくりとお師匠のもとへ向かった。
「謝罪は不要だが、何かあったのか?」
 傍に辿り着いたとき、こちらを見つめながら師は口を開いた。
 身を案じてくださったのだと思う。ならば、その心配を晴らす必要がある。
 私は、一度深く呼吸をしてから唇を動かした。
「――いえ。花に囲まれたお師匠がとても綺麗で、動けずにいました」
 頬が熱い。私の言葉を、師は何と思うのだろうか。
 不安に、少し胸が痛む。
 だがしばらくしてから、穏やかな声が聞こえて来た。
「……ありがとう。だが、お前のほうがきっと絵になる」
「そのようなことは……」
 褒めていただけたことは嬉しいが、私にそのような価値はないと思う。
 だが、お師匠は唇を綻ばせ、抱き寄せてくださった。
「いや――むしろ、花もお前には敵わぬな」
 甘い声が、聞こえる。
「お師匠……」
 鼓動が、速くなった。
「一番美しい花が、傍にある。幸せだ」
 腕の温度が、伝わって来る。
 過剰ではないかと、思う。だが。
 私の胸は、満たされていた。


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