いに

 
「お師匠」
 美しい声が、響いた。晴明を包む。庵の戸に、寄る。
「泰明。歩んでくれるか?」
「――はい」
 外から、聞こえる。言葉だ。晴明に教えてくれる。彼は、戸の位置を変えた。
 晴明が、そっと呼吸する。接するのだ。
「今日も、務めたな。お帰り」
 移ってくれた泰明に近付き、声を聞かせる。
「ありがとう、ございます」
 背筋を伸ばし、彼は礼をする。晴明が、見つめた。
「……泰明」
 そっと、名を響かせる。そして。
 目に映ったところに、指を添えた。彼の、袖だ。見惚れる。
「乱れ、でしょうか」
 泰明は少し驚いたように、呼吸する。晴明が、首を迷わず横に振る。そっと、教えるのだ。
「逆だ。美しい袖だと思う」
 彼の袖は、いつも清められている。都に蔓延るものを祓っても、害されないのだ。
「――お師匠。ありがとうございます」
 泰明は、ほどなくして沈黙を止めた。頷いてくれる。晴明は、安堵する。
「埃を、掃っているのだな」
 晴明は呟く。力を振るった後も、袖を見る余裕が残っているらしい。彼の素晴らしさ。真摯に力を使える、手
だ。本当に喜ばしい。
「怠りは、しません」
 泰明は目を逸らすことなく、表してくれた。晴明に、響く。ゆっくりと、話した。
「美しさを見つめると、嬉しい。少し、傍にいることを許してくれるか?」
 夕の食事は先だ。掴んだ袖を戻さない。今の状態は、彼に寄りやすいのだ。
 泰明は、目を見開く。惑った様子を見せる。だが、晴明は、待つ。聞く、から。少し、休んだ。そして。
 彼は、微笑してくれた。晴明が、頷く。嬉しさが響く。美しい腕も、少しだが見える。止めない。
 しばらく呼吸を繰り返してから、晴明は袖を引き、泰明に寄った。


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