一瞬だが

 ワインの入ったグラスをテーブルに置き、天狗は力なく椅子にもたれた。
「うー、酔った……」
 呟いて、額に手を当てる。どうやら酒を飲みすぎたようだ。
 聖夜である今日、お師匠の提案によりこの家で宴が開かれている。この場には私とお師匠、そして泰継と天狗
がいる。
 天狗は序盤からいつも以上に笑いながら騒いでいた。持参したトナカイの被りものを被り師と酒を酌み交わし
ていたが、その酔いが回って来たらしい。
「天狗、大丈夫か?」
 お師匠が尋ねる。天狗は力なく笑い、答えた
「まあ、そこまで悪酔いはしておらん。だが少し休みたいな」
「そうか……」
 師は天狗を覗き込む。泰継はコップに注いだ水を渡していた。
「――調子に乗るからだろう」
 息を吐き、私も天狗の傍に行く。もっと量を調整していれば、このような事態になることはなかったはずだ。自
分の体調を気にせずに飲んでいた天狗が悪い。
「今日は宴なのだから楽しまなければ損だろう」
 天狗は少し笑ったが、答え終わった直後、苦しそうに眉を寄せた。
「天狗……」
 自業自得だ、とは思うが、やはり心配にもなる。少しでも締め付けを緩めるため、頭の被りものを外した。
 天狗は、息を吐きながらこちらを見る。
「――ありがとう、泰明。ところで、お前の部屋で横になっても良いか?少しの間で構わん」
「……分かった」
 私は頷いた。元来、天狗は酒に強いので、少し休めば回復するだろう。その間部屋のベッドを貸すことに抵抗
はない。
「ありがとう」
 天狗は何故か足元にあった鞄を持ってからゆっくりと立ち上がった。
 何故そのようなものを持って行くのか尋ねようかと思ったが、まずは部屋で休息させるべきだろう。
 天狗と並び、私は部屋へと向かった。

 ふたりで中に入り、扉を閉める。そして私は、顔色を確認するため天狗に視線を向けた。
「天狗、体調は……」
 だが、問いかける前に、天狗は鞄を床に置き、私のことを抱きしめた。
「大丈夫だ。そして、休みが必要なほど酔っておらん」
 笑いを含んだ声が聞こえたので、顔色を確かめる。
 酒を飲んでいたので多少色付いてはいたが、唇は綻んでいた。確かに、休息の必要があるとは思えない。
 苦しげな顔は、演技だったということなのだろう。
「――何故、嘘を吐いた」
 腕の中で尋ねる。何故このようなことをしたのか、私には理解出来ない。
 だが、下らない嘘を吐いた人物は、真っ直ぐにこちらを見つめ、口を開いた。
「決まっているだろう。お前とふたりになりたいと思ったからだ」
 その声は、真剣だ。嘘や演技だとは思えない。
 しばらく声を出せずにいたが、天狗はずっと視線を外さなかった。
 先ほど言ったことに、偽りはないのだろう。
 そして。私も、天狗とふたりで過ごせることを、嬉しいと思っていた。
「……そうか」
 私が答えたとき、天狗は腕の力を緩めた。その間に、私は自分の机に向かう。
 ふたりだけになった今、したいことがあるのだ。
「――泰明?」
 後ろから不思議そうな声がする。私は机の上に置いてあったものを持ってから、天狗のもとへと戻った。
「……天狗。お前にこれを用意した」
 細長い箱を差し出す。手は、少し震えていた。
「……プレゼントか?」
 天狗は驚いたように目を見開き、私の持つ箱を指差す。
「――そうだ」
 私はそれを肯定する。今手にしているのは、天狗に贈ろうと用意したものだ。
 受け取って欲しい、と願いながら、俯く。天狗は、何と答えるのだろう。
 鼓動が速くなったとき、天狗の手が伸びて来た。
「――ありがとう。開けるぞ」
 上を向き、天狗を見る。その瞳は、柔らかな光を宿していた。
 私は頷く。中の品は、気に入って貰えるだろうか。
 天狗はゆっくりと箱を包む紙を剥がし、蓋を開けた。
 そこには、硝子で作られた細身の花瓶がある。
 天狗はそれを取り出すと、角度を変えながら眺めた。
「――お前は部屋に花を欲しがっていただろう」
 以前天狗は、自分の部屋に花を飾りたいと話していたことがある。だがいつまでも実行する気配がないので、
花瓶を渡そうと思ったのだ。
 これを、使ってはくれないだろうか。私は天狗の言葉を待つ。
 天狗は、ほどなくして口を開いた。
「――気に入った。ありがとう、泰明」
 その声はとても穏やかだ。本当に喜んで貰えたらしい。
 頬は熱くなったが、安堵した。
「……そうか」
 私が呟いたとき、天狗は床に置いた鞄を手に取り、そこから何かを取り出した。
「先を越されたが、儂からもプレゼントだ。ありがたく受け取れ」
 天狗は、笑顔で綺麗な紙に包まれた大きめの箱を差し出す。私のために用意してくれたようだ。
「……ありがとう」
 手を伸ばし、それを受け取った。天狗が私のために聖夜の贈りものを選んでくれた。胸に、温もりを感じる。
「中、確かめろ」
 天狗に言われ、頷いた。
 綺麗な紙を慎重に剥がし、箱をそっと開ける。
「――エプロンか」
 中には、エプロンがあった。腰から下を保護する、ウエストエプロンだ。
 手触りが良く、無駄な飾りもない。
 良い品だ、と思った。
「どうだ?」
 天狗が私の目を覗き込む。一度深く呼吸をしてから、その問いに返答した。
「……嬉しい。天狗、ありがとう」
 天狗は安堵したのか小さく息を吐くと、一歩こちらに近付いて来た。
「どういたしまして。それから、泰明」
「何だ?」
 私が訊くと、天狗は更に身体を寄せ、エプロンを指差した。
「……今度、それを着て何か作ってくれないか?」
 頬に熱を感じたが、声を聞くことは出来た。
 このエプロンを纏い、料理を作る。
 天狗が喜んでくれるのなら、それを断る理由はない。
「――分かった」
 私が頷くと、天狗は優しく笑った。そして、私の頭に手を載せる。
「――ありがとう。そのときはちゃんと食べるからな。お前の作った料理と、それから……」
 天狗が私に唇を寄せた。エプロンの入った箱が、床へと落ちる。だが、応えなければ。
 私が目を閉じた、そのとき。
「天狗、もう回復したか?」
 扉の外からお師匠の声がした。天狗も動きを止め、視線を扉へと移す。
「――まあな」
「そうか。では泰明も一緒に戻りなさい。料理が冷めてしまうぞ」
 天狗が答えると、外の師が言った。宴はまだ途中なので、確かに戻らなければいけないだろう。
「はい、分かりました」
 ノブに手をかけたとき、唇を重ねられなかったことを名残惜しく思ったが、その気持ちはすぐに消えた。
 天狗は一瞬だが、頬に柔らかな温もりをくれたから。


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