いを


「――天狗。集中を維持し辛い」
 惑っているらしい声が、響いた。天狗の胸に知らせる。
 誤魔化すときではない。瞬きを見せ、話す。
「悪い。止める」
 嬉しさ故に、見つめ過ぎてしまった。反省し、彼の横を映す。今は、目を合わせられない。
 今日、泰明は北山の庵にいてくれる。先日の誘いを了承してくれた。今は、夜の訪れもない。
 夕の食事はすぐに得られるが、示す前に少し並んでいた。姿勢を乱さずにゆっくりと呼吸している彼は、美し
い。ずっと飽きずに見つめられたが、もう遠慮する。
「自力で静まる。謝るな」
「ああ」
 紡がれる声に、今、惑いや怒りはない。安堵しつつ、答える。近い距離は許可されているらしい。
 綺麗な瞳を映せないことは寂しいが、集中を邪魔はしない。
 ほどなくして、静かな呼吸が聞こえた。泰明の気が癒されていることを実感出来る。充分だ。覗き込まずに堪
えてみせる。隣は、見ない。
 天狗が、決めた刹那。
「……やはり後にする。近くの存在を学ばせろ」
 言葉が、聞こえた。天狗は目を見開き、反応する。澄んでいる双眸。頬は薄い紅だが、天狗と目を合わせ移ら
ない。
 食事の後も、北山の気は得られる。今は、自分に集中してくれるらしい。見惚れ、息を呑む。
 胸が満ちる。美しい瞳は惑っているらしいが、天狗を否定はしない。そっと、響かせる。
「ありがとう」
 泰明の持つ綺麗な色が、良く見える。欲しいと、思った。
「莫迦」
 美しくない指摘さえも、嬉しかった。そっと、手は彼の頬に添える。
 一瞬、震えが伝わる。天狗は少し止まる。泰明の瞼が、閉じられた。
 ゆっくりと狙う。身体を寄せる。愛しさを、表す。
 彼と、唇を重ねた。


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