いや


 バッグを足元に置き、泰明の寝台に天狗は腰かけた。
「――天狗」
 部屋の主が、現れる。彼は手に、フロストバッグを提げている。
 聖夜を、天狗と泰継は晴明たちの邸で過ごした。皆で集まる大切なとき。宴は既に終わったが、晴明の計らい
で、今日は泊まらせて貰えることになったのだ。
 泰明の部屋にいるのは、彼と自分のみ。泰継は、別室だ。
「勝手に使わせて貰っておる。嫌か?」
 泰明を見つめながら、天狗は問いかけた。使われたくないのならば、寝台ではなく他のところへ移る。
「――違う」
 だが、否定の言葉が小さく聞こえた。
 そして。
 彼は、手に提げたバッグを天狗の膝に預けた。
 一瞬、驚いたが。
 自分のために、選んでくれたのか。
「……取るぞ。ありがとう」
「――確認しろ」
 手を添えたときも、拒否はされなかった。
 泰明の言葉に頷き、ゆっくりとしまわれていた箱を持つ。そして綺麗な紙を取り、箱を解いた。
 現れたのは、少し変わった形状のハンガーだ。
「ハンガーだな。ネクタイ用か?」
 複数のバーがある。恐らく、多数のハンガーをしまえるのだろう。
「……使え」
 彼は、小さく頷いた。
 実に、助かる。是非、活用させて貰おう。
 天狗は、ゆっくりとハンガーを戻す。そして、
「――ありがとう。では、泰明」
 バッグに収めていた箱を、手に取った。
「……天狗?」
 瞬きもせず、自分を見る彼。
「儂からだ。嫌か?」
 天狗は、静かに訊いた。無論、泰明に贈りたくて、持ったのだ。
「……ありがとう」
 彼は、ゆっくりと手を伸ばしてくれた。
「確認も、してくれ」
 天狗は、促す。今、見て欲しいのだ。
 泰明は頷き、そっと紙を取る。
 箱を解いてすぐ、手が止まった。
「――ぬいぐるみは、幼子や娘に贈れ」
 うさぎのぬいぐるみを目にした彼は、自分を睨んでいる。
 予想を超える泰明の愛らしさが、嬉しい。だが、まずは説明をしなければ。
「普通のぬいぐるみではないぞ。レンジにも冷えにも耐えられるジェルパックで身体を守ってくれる」
 天狗は寝台を使うことをやめ、ぬいぐるみの頭に手を伸ばした。
 可愛いことだけが理由ではない。一見ありふれたぬいぐるみだが、素晴らしい機能を兼ねている。
「――不思議だ」
 彼は驚いたようだが、ぬいぐるみを改めて静かに見つめていた。
「……貰ってくれるのか?」
「――ありがとう」
 天狗の問いに、泰明は一礼で返答した。彼の言葉に安堵する。
「――では、泰明。試してみろ」
 天狗は、頼んだ。ぬいぐるみを胸の傍で持つ彼を、見たいのだ。
 泰明は少し黙っていたが、抵抗はしなかった。
「……安堵、する」
 普段よりも、柔らかな言葉。彼に、幸せを与えられたのだろうか。
「――泰明」
 愛しくて、思わず彼を抱きしめた。
「天狗……」
「やめるか?」
 泰明は、身じろいだ。さすがに、嫌がらせてしまったのだろうかと思ったが。
「――今は、ぬいぐるみが邪魔だ」
 どうやら彼は、手に持ったぬいぐるみがふたりの邪魔だと思ってくれたようだ。
 愛しさが、増す。
 そっとぬいぐるみを片手に取り、寝台に移す。そして、泰明を強く抱きしめた。

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