帰りたい場所 「――泰明。誕生日、おめでとう」 九月十四日を迎えたとき。私の部屋に来たお師匠が、柔らかく笑った。 「……ありがとうございます、お師匠」 突然のことに少し驚いたが、椅子から立ち上がりその言葉に応える。 今日は師のおっしゃる通り、私の誕生日なのだ。自分が生まれた日に、大切な人が祝う言葉を下さる。とて も、幸せだと思った。 「これを、受け取ってくれるか?」 お師匠は、綺麗な紙に包まれた小さな箱を差し出す。誕生日の贈りものを私に下さるようだ。 「はい、ありがとうございます」 一礼をして箱を受け取る。師が私に下さったものだ。とても嬉しい。 「泰明、中を見てくれるか?」 「分かりました」 お師匠に頷き、私は破かぬように注意しながらその紙を外した。そして、箱を開ける。 中にあったのは、財布に形の似た革製の小物――キーケースだ。 作りには無駄がない。とても使いやすそうだと思った。 「私が作ったのだが……どうだろうか?」 キーケースを手に取った私に、お師匠は言った。 この贈りものは師の手作りなのか。少し驚いたが、納得もした。この方ならば、優れた小物を作り出せても不 思議ではない。 そして、大切な人が作って下さったものだ。感想は、ひとつしかない。 お師匠の瞳に視線を向け、唇を動かした。 「――とても嬉しいです。大切にします」 師の温もりを感じる贈りもの。ずっと、大切にしたいと思う。 私の答えに、お師匠は安堵したような笑みを浮かべた。 「……それは良かった。泰明」 「はい」 名を呼ばれたので返事をすると、師は真っ直ぐに私の目を覗き込んだ。 「――それには、家の鍵を入れて欲しいのだ」 「……はい、分かりました」 このように見られると、視線を逸らすことは出来ない。鼓動の速さを感じながら、私は頷いた。 だが、疑問がある。キーケースに一番良く使う鍵を納めるのは当然のことのはずである。無論、私も家の鍵は しまっておくつもりだった。何故、お師匠はそのようなことを言ったのだろう。 そう思ったとき、師の声が聞こえた。 「――そうか。では、泰明。これからも、この家に――私のところに、帰って来てくれるか?」 優しいが、低い声。そして両の目は、今も私を見つめている。 私がいつも同じところへと帰って来ること。 それがお師匠の願いなのだと、理解した。 私は――言われるまでもなく、いつもお師匠のところに帰りたいと、思っている。 「……はい」 師が許して下さるのならば、これからもずっと同じ人のところに帰りたい。 そう思いながら答えると、お師匠は唇を綻ばせた。 「……ありがとう。では、もうひとつ訊こう。私も……お前のもとへと帰って良いだろうか?」 師は片方の手を開く。 私に下さったものと同じ色、形をしたキーケースが、そこにあった。 ずっと、掌に隠し持っていたのだろう。 一瞬、息を呑んだが、問いに答えなければならぬ。 「――はい」 一度呼吸をしてから、私は頷いた。愛しい人が自分のところに帰って来て下さることを、歓迎しないはずがな い。 「……ありがとう」 お師匠は優しく笑いながら、こちらに腕を伸ばす。 そして、私の身体を腕の中に抱きしめた。 |
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