赫々 「泰明」 二月十四日、夜。私の部屋を、訪ねる者がいた。 「……天狗」 扉の位置を変え、客である天狗を見る。手にフロストバッグを提げ、笑っている。 今夜会いたいと、天狗から持ちかけられたのだ。私も、逢おうと思っていたので――嬉しかった。 今も嬉しいのに、肝心なことを言葉に変えられない。口を噤み、俯いたとき。 「――ほら」 静かな言葉が、聞こえた。天狗が、持っていたバッグを私に寄せている。 「くれる、のか?」 そっと、手を伸ばして尋ねる。天狗は、頷いてくれた。 「バレンタインデーだからな。チョコレートケーキを作ってみた」 思わず、息を呑む。私に、贈ってくれるのか。 「――ありがとう」 静かに、バッグを持つ。胸が、壊れそうだが、私の想いも知って欲しい。 「……泰明」 促すように、私を瞳に映す天狗。私はそっと息を吐いてから、机の傍に移った。そして、置いていた箱を手に 取る。 「――天狗に、渡す。餅で、ガナッシュを巻いた」 ゆっくりと、箱を見せる。天狗が笑って唇を寄せてくれそうだと思い、作ったのだ。 「――面白い品のようだな。ありがとう」 天狗の手が、箱に伸ばされる。唇は、綻んでいた。 「……ああ」 そっと、頷く。胸が壊れそうだが。嬉しさが勝っていた。 「泰明。儂のチョコレートも、質は悪くないと思うぞ。一口、試してみろ」 「……分かった」 天狗の言葉に返答し、静かにバッグと箱を解く。 円柱に似たチョコレートケーキが、目に映る。フォークも箱の隅にあったので、手を伸ばした。 角を少し崩し、舌に寄せる。 口から、嬉しさが広がった。安らぎも、訪れる。 ケーキについて、天狗に答えようと思ったとき。 唇の斜め右に、唇を寄せられた。顎側の、場所だ。 「……悪い。クリーム、使いすぎたな」 天狗は、笑う。ケーキのクリームを、誤って唇ではないところにも寄せてしまったようだが。 胸が、壊れそうだ。私は、黙ってうつむいた。 |
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