かな


「天狗」
 北山に、足を踏み込んだとき。
「晴明。とりあえず、庵で寛げ」
 私を招いてくれた彼は、樹の傍にいた。庵のほうを、示している。
 天狗が、庵で過ごそうと持ちかけてくれたのだ。夕餉をふたりでゆっくり摂り、酒を用意して笑おうと。無
論、彼の提案にはすぐ頷いた。期待し余裕を持って訪ねたが、天狗が嬉しそうで安堵した。
「ありがとう。だが……北山の風景も、安らぎをくれる」
 彼に頷き、北山を見渡した。急いで夕餉を摂る必要はない。少し、北山を堪能したいと思った。やはり、美
しさが、私に安らぎをくれる。
「ああ……」
「素晴らしい天狗が、守っているからだろうな」
 私と同じく辺りを見ている横顔に、話しかけた。
 北山は、清らかなところだ。いるだけで、身の澱みが祓われる。目に映る全てが、瑞々しいと思う。美しい場
所を守っているのは、間違いなく彼なのだ。もてなしたいとは思うが、偽りのない、賛辞だ。
 驚いたように私を見る天狗。だが。
「……異存はない」
 ほどなくして、笑いながら呟いた。余裕が、滲んでいる表情だ。きっと、北山を守っていることは誇らしいの
だろう。
 せっかく、素晴らしい彼と過ごせるのだ。わがままは承知だが、更に、安堵したい。
 ゆっくりと、願いを込めて呟いた。
「――より安らぎをくれる者が、傍にいてくれると更に嬉しいのだが」
 天狗は、悟ってくれるだろうかと思ったとき。
 想像を超える優しい腕に、身体をそっと拘束された。
 愛しさが、滲む。瞼で瞳を隠し、優しさに酔ってしまった。


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