掠めるような 窓から差し込む日の光に誘われ、晴明は目を開けた。 ゆっくりと顔を横に向けた先に、こちらを見つめる美しい瞳がある。 「――お早う、泰明」 名残惜しく思いながら繋いでいた手を離し、晴明はその瞳を見つめかえした。 「――お早うございます」 泰明は頬を染めて挨拶をする。 愛しい、という想いが晴明の胸に広がって行った。 「……身体は平気か?」 「――はい」 尋ねると、泰明は小さな声で答えた。昨晩の交わりは、身体に激しい苦痛を与えてはいなかったようだ。 「そうか。シャワーを浴びて来るか?」 「――いえ。お師匠、先にお行き下さい」 泰明は外に出ていた肩をかけ布団の中に入れた。先に湯を浴びて欲しいとも思うが、冬の朝は冷える。まだベ ッドの中にいたいのかもしれない。今日は登校日ではないから、急ぐ必要もないだろう。 「分かった。お前の言葉に甘えさせて貰おう」 ベッドの下にあった衣類を腰から下に着け、浴室に向かった。 「泰明、浴びて来なさい」 数十分後、身体を洗い終えた晴明は、上半身にもパジャマを纏い自室に戻った。 「――お師匠」 晴明の顔を仰ぐ泰明も衣を着ていた。横たわってはおらず、ベッドに腰を下ろしている。 そして、その膝の上には丁寧に包装された箱が乗っていた。 「……それは?」 近付いて膝の上のものを指で示すと、泰明は晴明の顔を見上げ、言った。 「今日は、二月十四日です」 晴明は少し目を開き、壁にかかったカレンダーを見た。 確かに今日は二月十四日。そして、バレンタインデーだ。 「――ああ、そうだな。それは……私のものだと思って良いのか?」 「――はい。受け取っていただけますか?」 不安げな表情に微笑み、晴明は泰明の隣に座った。 「……もちろんだ。ありがとう、泰明」 恐らくシャワーを浴びている間に置いてあった場所から持って来たのだろう、と考えながら膝の上の箱を手に 取り、紺色のリボンを解く。包装紙を開き箱の蓋を持ち上げると、胡桃の入ったチョコレートケーキがあった。 ブラウニーだ。 「良い香りだ。お前が作ってくれたのか?」 「――はい。私が作ったものです」 「食べても良いだろうか?」 もしも了承してくれるのなら、彼が用意してくれたこれを今すぐ口にしたい。 「……はい」 泰明が頷いたことを確認し、晴明は形を崩さぬようにケーキを手にした。 口に運べば、香りと共にほど良い甘さが口の中に広がる。 晴明はしばらくその味を楽しんでいたが、あることに気付き手を止めた。 隣にいる泰明の瞳に、僅かだが揺らぎがある。 「――どうした?」 「――味はどうでしょう?」 泰明は小さく首を傾けた。これほど美味なのにも関わらず、味に不安があるようだ。 美味しいと伝えようかとも思ったが、ふとあることを思い付き、晴明は自身の唇に立てた人差し指を当てた。 「……味見してみるか?」 泰明は一瞬目を見開き少し沈黙した後、答えた。 「――はい。失礼します……」 晴明は瞼を閉じる。その直後、柔らかいものが唇に触れた。 掠めるような、軽い口付け。 「……どうだ?」 身体を離した泰明に問う。 「――良く、分かりませんでした」 泰明の頬は仄かな朱を帯びていた。あのような口付けでは、味を確かめることは出来なかったのだろう。 晴明は、そっと泰明の頭をなでた。 「――泰明、とても美味しかった。ありがとう」 「いえ……」 言葉にして告げると、泰明は微笑した。薄い朱色の頬と綻んだ唇がとても愛らしい。 「私もプレゼントを用意しているのだ。シャワーを浴びたら、リビングにおいで」 愛しい彼のために作ったチョコレートクッキーを思いながら、晴明は微笑んだ。 |
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