肩に置いた掌

「泰明、良く働いてくれたな。ありがとう」
 陽が傾き始めた刻、私は隣を歩む者に声をかけた。
「いえ、お師匠のお役に立てたのなら幸いです」
 隣にいた泰明は、私の顔を見て微かな笑みを浮かべる。
「泰明……」
 素直な言葉と、穏やかな笑顔。それはいつも、私の心に温かい光をもたらす。
 今日は泰明と共に都を守る結界を強化したのだが、思っていたよりも早く終わらせることが出来た。それは彼
が適切に動いてくれたからに他ならない。
 これから泰明と二人、予想よりも早くに邸へ戻れることを嬉しく思いながら、私は家路を歩いていた。
「――お師匠」
 少し進んだとき、泰明は小さな声で私を呼んだ。足を止め、顔を横に向ける。
「何だ、泰明」
 彼は少し柳眉を寄せていた。何かを考えているときに浮かべる表情だ。
 泰明は一度呼吸をしてから、口を開いた。
「私は、お師匠の後ろを歩くべきなのではないでしょうか?」
 それは、意外な言葉だった。何故そのようなことを訊くのだろう。
「――どうしてそう思う?」
「――私は、生まれたときから当然のようにお師匠の隣にいました。ですが、私はお師匠の弟子です。それなら
ば、貴方の後ろを歩くべきなのではないでしょうか」
 理由を問うと、泰明は真っ直ぐに私の目を見たまま答えた。真面目な彼らしい意見と言えるだろう。
 私は、少し考えてから泰明に答えた。
「――なるほど。お前の意見は良く分かった。だが――泰明。お前が後ろにいると、美しい横顔を見ることが出
来ない」
「――お師匠……」
 そう伝えると泰明は目を見開いた。だが、本当のことだ。彼が後ろを歩いていては、振り返らないと顔を見るこ
とが出来ない。
「それに、こうして抱き寄せることも出来ない」
 手を伸ばし、泰明の肩に掌を乗せて自分に寄せる。
「あ……」
 泰明の唇が僅かに開く。頬は、薄い紅色を帯びていた。
「髪をなでることも困難だ」
 肩に置いた手をゆっくり移し、泰明の頭をなでる。艶のある綺麗な髪はとてもなで心地が良い。
「お師匠……」
「故に、お前には私の隣を歩いていて欲しいのだ。無論……お前が隣にいたくないと言うのならば諦めるが」
 仄かに頬を染めたままこちらを見ている泰明。その耳に唇を近付け、理由を告げた。彼が離れたところにいて
はその身体を己に抱き寄せることも、癖のない長い髪をなでることも出来ない。それは私にとって非常に寂しい
ことなのだ。
 ただ、彼が嫌だと言うのならば強要するつもりはない。
 答えを待っていると、泰明は少しの沈黙の後、口を開いた。
「――そのようなことは、ありません」
 泰明の返答は、これからも隣を歩いてくれるということを意味している。私は、顔が綻ぶのを感じた。
「――そうか。ありがとう。では、行こうか」
 彼の頭に置いた掌を再びその肩に乗せ、私は一歩踏み出した。今日は、彼の肩を抱いたまま邸に帰りたい。
「――はい」
 泰明は頷いた。いつもよりもゆったりとした歩調で、影を横に並べて進む。私は、泰明の隣にいるのだ。
 肩を抱く掌に、力を入れた。


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