物語

変わり者

　ある冬の日。安倍晴明はとある高名な貴族から、北山に住む大天狗の調伏を依頼された。
「儂を調伏したいのか？出来るもんならやってみろ」
　快く引き受け北山に向かったのだが、そこで出会った最高位の天狗は、顔を隠す為の布がついた笠を外すと開
口一番そう言った。
（この天狗……今まで出会った妖とは明らかに異なる）
　晴明は、その天狗に興味を持った。高慢な態度をとってはいるが、滲み出る妖力がそれが見かけだけのもので
はないということを物語っている。全く動じる様子もなく意地の悪い笑みを浮かべて自分を見つめるその男に、
晴明は不思議と惹かれた。
「……いえ。依頼主の方には申し訳ありませんが、私は貴方を調伏することは出来ません」
「はっ？」
　晴明の言葉に、その天狗は眉を寄せた。
「私は、貴方に興味を持ちました。貴方ともっと話をしたい」
「……お前、変わってるってよく言われるだろ？」
「確かに言われることもありますが……きっと貴方程変わり者ではないと思いますよ」
　晴明は微笑んだ。今まで数多の妖と接してきたが、このような者には会ったことがない。
「……お前、失礼な奴じゃな。というか、本当に調伏しないで良いのか？」
　頭を掻きながら尋ねる天狗に、晴明は答えた。
「私は、貴方が人に危害を加えているとはとても思えません」
　乱暴な物言いをしてはいるが、この天狗から邪悪な気は全く感じられなかった。
「まあな。儂はそんな下らないことはせん。やっておるのはもっと若い輩じゃ。やめるようには言っておるのだがな」
　天狗は小さくため息を吐く。
「やはりそうですか。では、その者たちにご指導をお願いします。どうしても言うことを聞かないようでしたら、その
者にこれをお渡しください」
　晴明は袂から何枚かの呪符を取り出すと、天狗にそれを手渡した。
「呪符か？」
「はい。きっとお役に立つと思いますよ」
　晴明は笑みを浮かべる。
「私は安倍晴明と申します。宜しければ覚えておいて下さい。またお会いしましょう」
　それだけ言うと、晴明は去っていった。
「……よく分からん」
　一人北山に残された天狗は、手の中の呪符を見つめながら呟いた。

「本当に来るとは思わなかったぞ」
「私も会って下さるとは思いませんでした」
　春。二人はまた、北山で会話をしていた。晴明が天狗を訪ねたのだ。陽気が肌に心地良い。
「任務放棄して平気だったのか？」
　天狗は晴明の顔を覗きこみながら訊いた。
「依頼主の方には、任務は遂行したと嘘を吐いてしまいました」
　晴明は困ったように笑う。
「良いのか？」
「貴方を調伏せずにすむのなら、どんな嘘でも吐きます」
　晴明は天狗の目を真っ直ぐに捉え、言い切った。
「……恥ずかしい奴」
　天狗は晴明から目を逸らし、小さな声で言う。
　彼は本当に変わった男だ、と天狗は思う。大変優れた容姿と力を持っているが、全く掴みどころがない。そも
そも人間のくせに妖怪である自分の味方をする時点でおかしい。天狗もまた、そんな晴明に惹かれていたのだ。
「ふふ……しかし、実際天狗からの被害はなくなった、と聞いております。貴方が指導して下さったのでしょ
う？」
　晴明は微笑みながら問う。
「……半分は、な」
「半分？」
　言葉の意味が分からず、晴明は聞き返した。
「何度注意しても聞かない奴もいた。だから、お前の札を使わせてもらったぞ」
「ああ、そうだったのですか。効果はありましたか？」
「……怖いくらいにな」
　呪符の効果は抜群だった。注意を聞かない若い天狗にこの札を渡したところ、急に苦しみだしたのだ。これか
ら一切人に危害を加えないことを誓わせると、すぐに元に戻ったのだが。
「少し強すぎたでしょうか」
「いや、あれくらいやらなければあいつらは変わらなかったじゃろう。感謝するぞ、晴明」
「……」
　驚いたように目を見開き、沈黙する晴明。
「……どうした？」
　怪訝に思い、天狗が晴明に尋ねた。
「いえ、名前を覚えていて下さったのですね。ありがとうございます」
　晴明は目を細め、穏やかに微笑む。
「……まあな」
　何故かその笑顔が輝いているように感じられて、天狗は視線を外した。
「――あー、お前さー、その面倒くさい喋り方やめろよ」
　その気持ちを誤魔化すように、天狗は言った。
「面倒くさい？」
　意味が分からない、といった面持ちで晴明は訊く。
「敬語。話してて疲れる」
　そのようにかしこまった口調で話されると、どうにも距離があるように感じられて寂しい。
　そんな思いを胸にしまいながら天狗は言った。
「そうですか……貴方がそう望まれるなら」
　晴明は一度小さく咳払いをすると、笑顔で天狗の顔を見つめた。
「分かった。これからも私と会ってくれるか、天狗？」
「……当たり前だろ」
　晴明が差し出した右手を、天狗はゆっくりと握った。