果実を食べてから 夜の闇が、大分深くなる頃。天狗は泰明の手を引き、静かな北山を歩いていた。 「天狗。どこへ行くつもりだ」 「案ずるな、そう遠くへは行かん。お前に見せたいものがあってな」 振り返りながら、訝しげな声で問いかける彼に答える。 先ほど、日付は長月の十四日になった。泰明が、この世に生を受けた日でもある。 先日、この都を救った龍神の神子は、異世界からやって来た少女だ。彼女や友人たちの暮らす世界では、年齢 を問わず生を受けた日を祝うという習わしがあるらしい。 神子が北山にやって来た際、そう話しているのを聞いたのだ。それを友人である晴明に告げると、慶事が増え るのは良いことだ、と笑った。そのため、泰明の生まれた日を祝うことになったのである。 泰明の師である晴明は、彼に贈りものとして休暇を与えた。そのため、十三日から翌日にかけて北山の庵で過 ごさないかと泰明を誘ったのである。彼は少し悩んでいたが、それを承知してくれた。 「私に、か?」 目を見開く彼に頷いてから、もういちど目指す場所に向かって歩き出す。 今日を祝うため、どうしても見せたいものがあるから。 目的地には、ほどなくして辿り着いた。 月明かりを浴びる地面を指差し、彼に告げる。 「――よし。泰明、これを見ろ」 自分の隣に立っていた彼は、視線を指先へと向けた。 「これは……新芽、か?」 泰明は驚いたように声を上げ、小さな芽の傍に膝を突く。 「葡萄葛の苗だ。後ろの葛は随分昔に実を付けなくなったが、まだ命があったようでな。最近になって、新芽が 出た」 「そうか……」 天狗が説明すると、彼はその苗にそっと手を伸ばした。 生まれたばかりの新緑を、静かになでる。きっと、自然の息吹を慈しんでいるのだろう。 胸に光を灯すようなその仕種。優しい気持ちを抱きながら、天狗は、ゆっくりと唇を動かした。 「――泰明。この苗が成長するところを、これからもふたりで見ていかないか?」 小さな芽を眺めていた彼は一瞬動きを止めた後、立ち上がってこちらを向いた。 「お前と……?」 泰明の瞳は驚きに満ちている。天狗は彼に身体を寄せ、もう一度口を開いた。 「気長に待つだろうが、お前とふたりでこの苗が育つところを見たいと思っている。きちんと成長すれば、今くら いの時期に実もなるだろう」 「天狗……」 瞬きすらせずこちらを見つめる泰明。だが、まだ伝えておきたいことがある。 目を合わせ、言った。 「つまらないものかもしれないが、今日はお前が生まれた記念日だ。どうしても見て欲しくてな」 彼の生まれた、記念すべき日。どうしても、北山に芽生えた特別な命を見て欲しかったのだ。 そして。もし泰明が応えてくれたら――ずっとふたりで、この芽を見守っていきたいと思う。 彼は、俯いた。 喜んで貰えなかったのだろうか、と思ったとき。 「――天狗。ありがとう」 とても小さな――だが、柔らかな声が聞こえて来た。 「たまには、苗の様子も見に来い」 安堵の息を吐いてから、そっと泰明の頭をなでる。忙しいことはもちろん分かっているが、予定のないときは この場所に来て欲しい。 「……分かっている。私にとっても、大切なものだから」 泰明は頷き、真っ直ぐにこちらを見た。 どうやらこの贈りものは、とても気に入って貰えたらしい。 そう思ったとき、褥までは堪えようとしていた気持ちが溢れ出して来た。 「――そうか」 小さく返答した後、彼の頭に載せた手は動かさず、もう片方の手を泰明の腰へと回した。 彼は目を見開く。だが。 構わず、その腰を引き寄せながら唇を重ねた。 「……天狗」 しばらくして解放したとき、泰明は驚きと怒りを秘めた瞳でこちらを睨んでいた。 このように愛らしい顔で見つめられては、愛しさが溢れるばかりだ。 「――この苗が成長した頃、果実を食べてから唇を重ねたら、きっと今とは違う味がするな。楽しみだ」 この芽が育ち、実を結んだときも、こうして唇を重ねられたら良い。そう思いながら、告げる。 「――莫迦」 ため息を吐きながら、彼は呟く。 だが、その頬に浮かぶ薄紅を見て、また愛しさが込み上げて来た。 |
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