気取った姿勢

 泰明は、部屋の扉を閉めた。共に中へ足を踏み入れた天狗は、彼へと視線を向ける。
「泰明」
「何だ――」
 名を呼ぶと、彼もこちらを向いてくれた。その瞳を覗き込みながら、唇を動かす。
「……悪いな。急に押しかけて」
 十二月二十四日。聖夜である今日、天狗は泰継とふたりで泰明と晴明の住むこの邸を訪ねた。宴をするから、
と晴明に誘われたのだ。
 とても楽しく過ごせたが、盛り上がり過ぎて少し疲労したので、泰継も含めこの邸に泊めて貰うことになった。
泰継は、晴明の部屋にいる。
「――別に、良い」
 目の前にいる彼は、短い沈黙の後小さな声で返答した。
 そう。自分は一晩、彼の部屋に泊めて貰うのだ。
「……そうか」
 拒絶されなかったことに安堵しながら呟いたとき、泰明はこちらに背を向けた。
 そして机に近付き、その引き出しへと手を伸ばしている。
「――これを、渡せるから」
 何をしているのだろうかと思った直後、彼はこちらへ戻って来た。
 綺麗な紙に包まれた箱を、自分に差し出す泰明。
 聖夜の贈りもの、ということで良いのだろうか。
「……貰って良いのか?」
「……構わない」
 天狗が尋ねると、泰明はゆっくりと頷いた。鞄を床に置いてから、手を伸ばし、その箱を受け取る。
「ありがとう。中、見て良いか?」
 礼を述べ、質問する。急かもしれないが、大切な彼に貰ったものだ。早く中を確かめたい。
「――ああ」
 泰明の承諾を得てから、出来る限り慎重に紙を外した。そして、ゆっくりと蓋を開ける。
 中には円形の入れものと、小さなスポンジがあった。
「クリーム、だな」
「靴や……鞄の手入れに使えるらしい」
 入れものを手に取り呟いた天狗に、彼は頷いた。
 泰明がくれたのは、履物などの手入れに使える、自然素材で作られたクリームだ。家具の色艶を保つことも出
来るらしい。
 靴や鞄は多数所有しているが、手入れ用の商品はまだ持っていない。
 そんな自分のために、彼はこれを選んでくれたのだろう。
「――ありがとう。泰明」
 目を合わせ、頭を下げる。少しもったいないような気もするが、この贈りものは大事に使わせて貰おうと思
う。
「……ああ」
 彼は小さく息を吐き、どこか柔らかさを含んだ声で返答した。
 その様子を愛らしく思いながら、天狗はそっと鞄を拾い上げる。
 先を越されてしまったが、何も贈りものを準備していたのは泰明だけではないのだ。鞄を開け、彼に貰った品
を中に入れてから、別の箱を取り出す。
「――儂からは、これをやろう。中、見てくれるか?」
「――分かった」
 差し出すと、彼は頷いてそれを受け取ってくれた。
 紙はゆっくりと外され、箱の蓋が開く。中にあるのは、小型の機械だ。
 不思議そうな顔で、箱の中に視線を向ける泰明。天狗は、中のそれへと手を伸ばした。
「デジタルカメラだ。一台くらい持っていても良いだろう」
 付属の電池を中に入れ、彼に手渡す。
 泰明への贈りものとして選んだのは、デジタルカメラだ。澄んだ瞳の彼ならば綺麗な写真を撮ることが出来る
だろうと思い、軽く、使いやすそうなものを用意した。
「……天狗。ありがとう」
 泰明はしばらく興味深そうにカメラを眺めた後、小さく頭を下げた。
「……構わん。好きなものを見付けたら、撮れよ」
 どうやら、気に入って貰えたようだ。安堵しながら、告げる。せっかくのカメラなのだから、好ましいと感じたも
のがあれば撮影して欲しい。
 すると、泰明の瞳がこちらに向けられた。
「――天狗。動くな」
 彼は紙と箱を近くのベッドに置くと、カメラを構え、レンズを自分へと向けながら口を開いた。
「試し撮りか?」
 まずはどのように撮影するのか確かめたいのだろう。少し、気取った姿勢を決めてみる。
「――違う」
 だが直後、泰明は呟いた。
「……泰明?」
 意味を理解出来ず、名を呼ぶ。そのとき、カメラに隠されてはいるが、彼の頬に薄紅が浮かんでいることに気
付いた。
 どうしたのだろう、と思ったとき。
 泰明は、口を開いた。
「――好きだから、撮る」
 天狗は、目を見開いた。
 つまり。試し撮りをするのではなく、自分のことが好きだから撮影するのだと、彼は告げているのだ。
 胸に、熱が宿る。
「――あまり喜ばせるな、泰明」
「てん……」
 唇を動かしてから、歩み寄る。そして、カメラを構えている彼をベッドに倒した。枕元へと、カメラが転がる。
「――これ以上のこと、するぞ」
 真下にある顔に、伝える。晴明も泰継もいる今日は、共に過ごせるだけで充分だと思っていたというのに。決
意が崩れそうになる。
「なっ……」
 泰明の頬に浮かんだ色が濃くなる。どうやら、このような展開を期待してあの言葉をくれたわけではないらし
い。
 天狗は小さく笑い声を上げてから、口を開いた。
「――分かった。今日は、我慢しよう。だが、責任をとってもうしばらく動くな」
 彼のために、抑えよう。だがせめて、しばらくその瞳を近くで見させて欲しい。
 泰明は瞬きもせずこちらを見ていたが、しばらくしてから小さな声で承諾してくれた。
 レンズよりもずっと美しい瞳が、こちらに向けられている。
 そのことに満足しながら、天狗は少しだけ彼に近付いた。


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