騏は


「天狗……」
 胸が、壊れそうだと思った。私の傍にいてくれる者を見つめられず、瞼で瞳を塞ぐ。
 天狗が、庵に招いてくれたのだ。夜なので眠る準備は済ませたが、今は、身体を寄せて過ごしたい。
 可能ならば瞳を覗き込みたいが、胸を鎮めなければ不可能だ。
 そっと、息を吐いたとき。
「――手、置くぞ。泰明」
 囁きが、聞こえた。瞳を塞ぐことを、やめる。
 私の頬には、優しさが与えられている。手が、伸ばされているのだ。
「――今、身体を寄せて欲しいと思っていた」
 天狗を見つめながら、呟くように話す。息は苦しさを増したが、嬉しかった。今は、瞳を塞がずにいられそう
だ。傍にいて欲しいと、分かったのだろうか。
「瞳を塞いで、静かに儂を呼んだからな。心を許してくれたときの、泰明だ」
 笑顔で、説明するように頷かれた。
 やはり、心を、悟られていたらしい。仕草から、読み取られていたのか。
「――おかしなところばかり、見ている」
 天狗の少し横を見ながら、呟く。傍にいてくれることも、分かってくれていたことも嬉しい。だが、私の知ら
ないことを見ていたとは驚いた。少し、呆れもある。
 変わって、いる。私のことを知って、誇らしそうに話すのだから。
 そっと、息を吐く。
「――嫌ではない、顔だ」
 だが、天狗は特に怒ることもなく、一層身体を寄せた。息が、止まりそうだと、思ったが、嫌ではない。
 綻んだ唇が、目に映る。
 嬉しい、のだろうか、と思ったとき。
 天狗は、指を頬から私の単に移し、引いた。


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