気に入りの枝

 目の前にいる泰明は、会話の途中で不意に別の場所へ視線を向けた。
「天狗。お前は、いつもこの松に座っているな」
 美しい指先が、近くの木を示す。確かに、それは気に入りの松だ。
「そうだな。この木は一番具合が良い」
 天狗は頷いた。北山には無数の松が存在しているが、この松が一番寛げる。まさに天狗松と呼ぶのに相応しい
木だと言えるだろう。
「そうか……」
 彼の視線は松から動かない。どうやら、少し興味を持ったようだ。
「――気になるか?」
「――少し」
 尋ねると、泰明は短く返答した。やはり、松に関心があるらしい。
 それならば、実際に枝の上まで連れて行こう。今日、彼は務めをいつもより早く終えて北山を訪ねてくれたの
で、時間は充分にある。自分の好きなあの場所を知って欲しいのだ。
「よし。特別にお前も座らせてやろう」
 素早く近付いて、その身体を横向きに抱き上げる。
「――やめろ!」
 泰明が叫ぶが、それを聞かずに地面から飛び立つ。もう、下ろすつもりはない。
「大人しくしていれば良い景色が見られるぞ」
「――勝手にしろ」
 翼を動かしながら言うと彼は横を向いたが、抗いはしなかった。

「――困った」
 一番高い枝に降り立ち、天狗は呟く。あることに気が付いたからだ。
「どうした?」
 泰明がこちらを見上げながら問う。答えるべきだろう。
「この枝には、ひとりしか座れない」
 今いる枝は太いとはいえ、ふたりで横に並び幹に凭れることは出来ない。ひとりが別の枝に移動すれば良いの
だろうが、共に過ごせなければ意味はない。
 どうすれば良いのか思考し、天狗は、ある答えに辿り着いた。
「私は――」
 彼の唇が動く。恐らく、自分は別の枝に行く、と申し出るつもりなのだろう。
 それでは、意味がないのだ。
「――だから、こうする」
 泰明を枝に下ろし、後ろから腰に両手を回す。そして自分は枝に腰かけ、彼を膝の上に座らせた。
「――なっ!?」
「これなら良いだろう」
 声を上げる泰明に告げる。この姿勢ならば、ふたりでこの場にいることが出来るのだ。
「――天狗」
 彼は呟く。後ろから見える頬は、仄かに染まっていた。
「……泰明。良い眺めだろう」
「――お前のせいで頭に入らない」
 問いかけると、そんな返事があった。けれど、抵抗する様子はない。
「……嫌なら、もう下りるか?儂は嬉しいがな。気に入りの場所にお前と来ることが出来て」
 見晴らしが良く、風の吹き抜けるこの場所で、愛しい者と過ごしている。これ以上の幸せなど存在しないだろ
う。
 彼は短い沈黙の後、私も嬉しい、と呟いた。
 抱きしめる腕の力を強める。そして、好きだ、と小さな声で泰明に言った。


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