この瞬間も

 現在、私は天狗の住む庵にいる。新年の始まりである今日、挨拶をするためにここを訪ねたのだ。
 この時期、陰陽師が行わなければならない儀は非常に多い。少し前まで、私はお師匠や他の陰陽師と共に宮中
にいた。その後、邸に戻ってすぐ、天狗のもとへ向かうことを師に告げ、私はここにやって来たのだ。
 既に挨拶は済ませたが、天狗に招かれこの庵に入った。久し振りに、ゆっくり話をしたいと思ったからだ。
「――泰明」
 しばらくは隣の円座に黙って座っていた天狗が、私を呼んだ。
 返事をするために、顔を横に向ける。しかし、声を出すことは出来なかった。
 天狗が身体ごと私に接近し、唇を重ねたためだ。
「――っ、急に何をする!」
 状況を把握したときには、天狗の顔は元の位置にあった。私は乱れた呼吸を繰り返しながら、急な行動の理由を
問う。
「――儂の庵に来るということはこういうことだ」
「なっ……」
 勝ち誇ったように笑い、天狗は再び私に近付く。頬の熱が増した。また唇が押し当てられるのだろうか。
 しかし、天狗はそのまま口を開いた。
「――泰明。お前が宮中にいる間、儂はずっとお前のことばかり考えていた。お前は、違うのか?」
 真剣な表情と声。先ほどまでとは雰囲気が全く変わっている。本当に私の答えを知りたいのだろう。
 違うはずなど、ないというのに。
「……私も、同じだ」
 頷くと、天狗は更に身体を寄せた。思わず、息を呑む。
「――ここに来る前、晴明には何と言った?」
「――天狗に新年の挨拶をして来る、と」
 俯いて伝えると、天狗の低い声が耳に届いた。
「……儂が許されるのは挨拶だけか?お前は、儂を求めてはくれないのか?」
 確かに、お師匠には挨拶をして来る、と告げただけだ。
 しかし、少しでも長く天狗の傍にいたい、とも思っていた。それは、この瞬間も変わらない。宮中にいる間でさえ、
私の中から天狗が消えたことなどなかったのだから。
「――挨拶だけ……ではない。私も、お前と二人で過ごしたいと思っている」
 正座した膝の上に爪を立てながら、想いを打ち明ける。すると、大きな手が頭に載せられたことが分かった。
「――良く出来ました。晴明には、後で儂が連絡をしておく」
「……ああ」
 返事をし、顔を上げる。天狗は、微笑んでいた。
「……泰明」
 名を呼ばれ、瞼を閉じる。そのまま、唇が重ねられた。
 そして。ほぼ同時に、もう一方の手が私の身体を衣越しに滑り始めた。


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