このときに

「晴明」
 窓の向こうから声がする。私は椅子から立ち上がり、硝子の前に移動した。
 窓越しに、声をかける。
「天狗、よく来てくれたな。上がってくれ」
 外に立っていた彼は頷いて靴を脱ぎ、慣れた仕草で家の中に入って来た。そして窓を閉めてから、私に視線を
向ける。
 今日は聖夜なので、私は宴を開き、泰明と泰継、それから天狗と楽しいときを過ごした。そしてその際、彼と密
かに決めたのだ。
 日付の変わる少し前に、ふたりだけの聖夜を楽しもうと。
 既に泰明は眠っている。恐らく泰継もそうだろう。彼らが起きるまで、私は天狗と過ごそうと思っている。
「ほら、材料だ」
 片手に持っていた袋を揺らし彼は言う。
 夜に逢うことを決めたとき、ケーキを作らないかと天狗が提案した。小さなものを作り、ふたりだけで食べない
か、と。私はそれに賛成し、材料の一部を彼に用意して貰ったのだ。残りの材料は、この家にある。
「ありがとう。では、早速だが始めようか」
「そうだな」
 私の言葉に、天狗は笑顔で答えてくれた。

「これで、完成だ」
 それからしばらくして、ケーキは焼き上がった。オーブンからトレイを取り出し、テーブルに置く。甘い香りが柔
らかく広がった。
「――上出来だな」
 隣にいた彼は満足そうな声を上げる。私も同意見だ。とても綺麗に焼き上がっている。味はまだ分からない
が、この香りから察するにきっと悪くはないはずだ。
「私もそう思う。お前と一緒に作ったからだな」
 このようなものが出来たのもきっと天狗がいてくれたからだろう。私は、彼に視線を向ける。
 天狗は少し驚いたのか口を噤んでいたが、すぐに笑ってくれた。
「……そうかもな」
 彼も私と同じように思ってくれていたらしい。喜びを感じながらケーキにナイフを入れ、ふたつに分けた。その
間に、天狗はサーバーを傾けカップにコーヒーを注ぐ。
 予め並べておいた皿にケーキを載せ、一方を天狗に差し出す。それから、椅子に腰かけた。
「では、食べようか」
 私が言うと、天狗もすぐ横に座りながら頷いた。声を揃え、食前の挨拶をする。
 そして、フォークで切り崩したケーキを口に運んだ。
 適度な甘さと、ほのかな苦味を感じる。とても、美味しかった。
「……美味いな、予想以上だ」
 天狗も味に満足してくれたようだ。彼のフォークは止まらない。
「そうだな。宴を開くのも楽しいが、お前とふたりで食事をするのも良い」
 コーヒーを飲みながら横にいる者を見る。泰明たちも交え賑やかに飲食することはもちろん好きだが、天狗と
ふたりでいる時間も私にとっては大切なのだ。
「泰継たちにこのケーキは出せんしな」
 天狗は手を止め、笑い声を上げる。
 今食べているケーキには多量のラム酒が入っており、風味も強く感じられる。確かに、酒の匂いが嫌いな彼ら
に出すことは出来ないだろう。
 これを食べられるのは、今、彼とふたりで過ごしているからだ。
 他にも、今だからこそ出来ることがある。
「……天狗」
「何だ?」
 フォークを皿に置き声をかけると、天狗はこちらを向いた。
 その頬に、そっと手を伸ばす。
「もうひとつ、宴のときは出来なかったことをしても良いだろうか」
 泰明と泰継がいる場所では、するのが難しいこと。ふたりで過ごしているこのときに、したいのだ。
 見開かれた彼の目が、嬉しそうに細められる。これは、承知の合図だ。
 私が椅子ごと近付くと、今度は天狗が私の頬に手を添えた。
 ゆっくりと、目を閉じる。
 直後に柔らかく、甘い味のするものが唇に重ねられた。


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