これから

「――天狗、起きているか?」
 暗闇の中、私は小さな声で問いかけた。
「……どうした、晴明」
 閉じていた目を開け、彼はこちらに視線を向ける。私が抱き付いているため、動くのは顔だけだ。
 今日、私の庵には天狗が泊まりに来ている。褥でふたりの時間を過ごしてから就寝の準備を済ませた私たちは、
先刻、身体を横たえた。
 天狗は寝付きが良いため既に眠っていると思っていたが、それは違っていたようだ。
「――寝ていなかったのか」
「……眠っていたほうが良かったのか?」
 私の言葉に、彼は訝しげな表情を浮かべる。だが、そのような意味ではない。
「そういうわけではないが……声をかけてお前の夢に出たいと思っていたのだ」
 天狗の夢に、入りたかった。おかしなことかもしれないが、現実ではない別の世界でも、私に気付いてくれた
ら良いと思ったのだ。
 彼は小さく息を吐いてから、柔らかく笑った。
「――夢で逢う必要などないだろう。今も傍にいるのだから」
 掌が、私の頭をなでる。
 安らぐ温もりに、私は瞼を閉じた。
「……そうだな」
 確かにその通りだ。天狗は今、私の近くにいる。
 こうしてたくましい身体に抱き付いていると、何故か安堵する。彼ほどではないがそれなりに長く生きて来た
私も、このような安らぎは天狗に逢うまで知らなかった。
 きっと、私は彼に逢うために生きて来たのだ。
 そして、これからは――少しでも長く、天狗の傍にいたいと思っている。
「――晴明?」
 彼が名を呼ぶ。私は天狗と目を合わせ、尋ねた。
「……天狗。これからも、お前に抱き付いて眠りたいと思っている。許してくれるか?」
「――当たり前だろう。お前の腕になら締め付けられるのも悪くない」
 彼は、また笑みを浮かべる。
 そうか、と答えて腕の力を強めると、限度があるだろう、と、笑いながら天狗は言った。


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