こうしているほうが

「――悪い、泰継」
 湧き上がって来る想いに耐えることが出来ず、天狗は腕を伸ばし、傍に立っていた泰継を抱きしめた。
「――天狗」
 腕の中で、彼は小さく声を上げた。
 天狗は、泰継と二人で朝の北山を散策している。目覚めも良く、美しい空気にも惹かれたので、彼を誘って外
に出たのだ。
 しばらくは澄み切った外気の中で、泰継と会話を交わしていた。しかし――ふと立ち止まった彼の横顔が、本
当に綺麗だったのだ。鼓動の速さと溢れ出す気持ちを無視することは出来なかった。故に、泰継の身体を包み
込んだのだ。
「……嫌か?」
 彼に尋ねた。いきなりこのようなことをして、やはり泰継には迷惑だろうか。
「……不快ではない。だが……驚いた。それに、このままでは進めぬ」
 短い沈黙の後、彼は答えた。どうやら、自分を拒んでいるわけではないらしい。
 しかし戸惑っているようだ。確かに、これではどこにも行けない。こうしていたいという気持ちはあるが、泰継
を困らせたくもない。
 ならば。
「――そうだな。では、これはどうだ?」
 天狗はそっと腕を解いて彼の横に立ち、その手を握った。こうすれば泰継の温もりを失わないまま、移動する
ことが出来る。
「あ……」
「――驚いたか?」
 大きく目を開けた彼に尋ねる。泰継は何と言うだろう。もしも彼が許してくれるのならば、この手を繋いだまま
歩みたいのだが。
「――ああ。だが、これならば構わない。動くことも出来る……」
 ほどなくして、泰継は返事をしてくれた。このままでいても構わないようだ。天狗は安堵の息を吐く。
 しかし、ひとつ気になることもあった。彼は、口を閉じたままこちらに視線を向けているのだ。
 恐らく、何かを考えているのだろう。
「――どうした?」
 泰継に問う。彼の思っていることが、知りたいのだ。
 泰継は少し俯いていたが、しばらくして答えてくれた。
「……私は、常に素足で大地の気を感じているが……お前の温もりは、こうしているほうが伝わって来る」
 頬に微かな朱を宿しながらも、彼は天狗の手を握り返した。
 掌から、泰継の体温と想いが流れて来るようだ。
 彼にも、同じように届いているのだろうか。
「――そうか」
 天狗は頷いた。心の中に、優しい光が灯されたような気がする。
 泰継の手を、少しだけ強く握った。
 このまま、ゆっくりと北山を歩こう。


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