暗さと回避


 晴明は、北山の奥に辿り着いた。目の前には、庵がある。見慣れたその戸に向かって、呼びかけた。
「天狗」
 中にいた彼はすぐに戸を開け、出迎えてくれた。
「来たか。酒は用意してあるぞ、晴明」
 今宵泊まらせて貰うため、晴明はこの庵に来た。先日、天狗に誘われたのだ。
「それはありがとう。それにしても、北山はいつも美しいな。景色に見惚れてしまう」
 沓を脱ぎながら、晴明は唇を動かした。
 何度も訪れているが、いつ来てもこの景色には飽きない。落ち着いた風景を見ながら呼吸すると、いつも安ら
ぎを得られる。
「お前は、そうなのか。これくらいの時間帯は暗いから、避ける奴も結構いるぞ」
「それは惜しいな。本当に綺麗で、静かな場所なのに」
 彼に先導され、室内に足を踏み入れる。そして、並んで座りながら、晴明は、返答した。
 多数の木が生えていることもあり、夜になろうとしているこの時刻、北山は本当に暗い。風で木の葉が揺れる
音も、人を不安にさせるのかもしれない。だが、とても穏やかな気分になれるところだと、晴明は思っている
のだ。
「――相変わらず、面白いほど落ち着いておるな。お前は幼子だったとしても、平気でこの場所に来そうだ」
 唇を綻ばせながら、天狗がこちらを見る。
 陰陽の力はあっても、年端も行かぬ子どもであれば、さすがに自分も北山を少しは恐れたかもしれない。だ
が。
 晴明は深く呼吸をしてから、口を開いた。
「――この北山には、頼もしい天狗がいる。もし逢えたら、幼い私も恐れず、好んで通うだろう」
 北山が静かなだけの場所であれば、幼い自分は何度も訪れはしないと思う。
 だが、もし今隣にいる彼と逢うことがあったなら、きっとこの場所を好きになれるはずだ。
 幼くても自分は、きっと天狗に惹かれるだろうから。
「……幼くても、お前は今と同じように食わせ者だろうな」
 彼は一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔で答えてくれた。
 年若い天狗も、きっと今のように明るく笑ってくれるのだろう。
 綻んだ唇を愛しく想いながら、晴明は、そっと目を閉じた。

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