畔を


「お師匠。戻りました」
 扉を見つめていた晴明は、帰宅の知らせを聞いた。
「泰明、お帰り」
 戸の傍に寄り、挨拶を返す。戸の位置が、そっと移った。
「……はい」
 現れた彼――泰明は、一礼する。そして、静かに戸の位置を戻した。
 普段よりも明るい時刻。だが、八葉として変わらず務めたようだ。少し疲労しているようで、彼は深く息を吐い
ている。
 和らげたい、と思った。
「――泰明」
 そっと呼び、晴明は彼に腕を伸ばす。少しでも疲労が消えるように願いながら。
 一方の手は腰に、他方を頭に伸ばした。
 少しだけ、力を込めたとき。
「お師匠……」
「すまない、苦しいか?」
 泰明の言葉が、聞こえた。努力した彼を和らげたいと思ったが、余計に苦しめていたのかもしれない。束ねる
ように腕を伸ばされたら、呼吸も辛いだろう。視界も奪われ、不安だと思ったのかもしれない。
 力を弱めようかと思い、晴明は問う。
 だが。
「――いえ。優しい、闇です」
 否定してくれる、柔らかな言葉が聞こえた。
 今、彼は不安を増加させるような闇ではなく、安らぐ暗所を見ているのだろうか。闇を見つめ、そっと頷いて
くれたのだろうか。
 ずっと、暗いことろを見せたいと思ってしまう。近くにいて欲しいと思ってしまう。同じ暗さを瞳に映せな
くとも、泰明がいてくれるから、晴明は幸せだと思った。
「――ありがとう」
 礼を述べる。力は、弱めないことにした。嬉しい闇ならば、暗くとも悪くない。
 晴明は、ゆっくりと泰明の髪に指を伸ばした。


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