車の行き先 午前零時、泰継に晴明の家に行くと伝え、天狗は自宅のマンションを出た。 駐車場に停めていた車に乗り、助手席に鞄を置いてシートベルトを締める。晴明の家はここから近いので徒歩で 行っても構わないのだが、今日は車でなくてはいけない。抵抗するであろう者を自室に連れて行きたいからだ。 彼の顔を思いながら、エンジンキーを回した。 数分走れば晴明の家に着く。車庫に駐車し、鞄を持って車を降りる。窓から見える室内の照明は消えていないの で、鍵はかかっていないだろう。 コートを脱いで肘にかけ、ドアを開けた。 「晴明」 「天狗、こんな時間にどうしたのだ?」 私服を着用した美しい友人は、突然の訪問を非難することなく出迎えてくれた。車の排気音が聞こえたのだろう か。 「そうだな……泰明を借りても良いか?」 飾らずに切り出す。晴明はさして驚きもせず、口元を緩めて言った。 「――返してくれるのか?」 「――きちんと返すつもりだ」 少し考えてから、答えた。この麗しい微笑に逆らうことは出来ない。 「そうか、ならば許可しよう」 晴明は目を細め、天狗を手招いた。 「じゃ、借りるぞ。部屋か?」 「ああ。まだ眠ってはいないだろう」 「そうか」 靴を脱ぎ、家に上がった。 廊下を渡れば逢いたかった者の部屋の前に着く。泰明、と呼び、ドアノブを握った。 「――天狗。少し待て」 ドアを開けた先にいた泰明は寝間着に身を包んでいた。髪も束ねてはいない。だが、ベッドの上に着替え用と思 われる服、そして鞄が置かれている。天狗が来ることを予期して用意したのだろうか。 しかし、着替えを待つ気などない。一刻も早く彼を連れて行きたいのだ。 「別に着替える必要などない。そのまま来い」 「天狗っ……」 手首を掴み、引き寄せる。泰明はまだ着替えに手を伸ばしているが、この手を離したくはない。 「ほら、行くぞ」 廊下に出る瞬間、泰明はベッドの上にあった鞄を掴んだようだった。 「――何の用だ」 少しして、抵抗しなくなった泰明に尋ねられた。だが、自宅に着くまで教えるつもりはない。 「秘密だ」 手を引いたまま答えると、後ろから息を吐く小さな音が聞こえた。 「――どこに行くつもりだ」 「マンション」 そして、彼と共に過ごしたい。 天狗はそのまま廊下を進もうとしたが、後ろから聞こえた抗いの声にその足を止められた。 「――私は了承していない」 確かに、泰明の答えを聞いていない。手を離し、彼と向き合った。 「――嫌なのか?」 二人のときを過ごしたいという願いは消えていないが、心の底から嫌がっている者を無理矢理連れて行くほど趣 味は悪くない。本当に嫌なのならば、このまま部屋に戻ってくれて構わない。 答えを待っていると、しばしの沈黙の後に小さな声が響いた。 「…………嫌ではない。だが、この姿のまま外に出るわけには行かぬ」 自分と過ごすことを嫌がっているわけではないようだ。ただ、寝間着姿で外出したくないのだろう。安堵した天狗 は、抱えていたコートを泰明の肩にかけた。 「――なら、これで良いか?」 泰明は、小さく頷いた。 「……大きすぎる」 その後は、晴明に止められることもなく車に乗ることが出来た。しかし助手席に乗った泰明は、コートの大きさが 気になっているらしい。 「お前が小さいのが悪い」 「――お前が大柄なのだろう」 泰明の言う通り、天狗の身体はかなり大きい。そして、泰明は細身ではあるが身長が低いわけではない。長身と 言っても差し支えないほどだろう。そのようなことは天狗も分かっているが、反応が愛らしいためついからかってし まうのだ。 「――泰明、気にするな。すぐに何もかも脱ぐことになる」 その言葉に、泰明の頬は薄い紅色に染まった。 「一体何の用なのだ」 マンションに着き自室のベッドに座らせると、泰明は口を開いた。 「これを渡そうと思ってな」 天狗は、手にしていた鞄の中から包装した箱を取り出し、泰明に手渡した。 「……これは?」 「今日はバレンタインデーだ」 二月十四日、バレンタインデー。準備していたプレゼントを、出来るだけ早く渡したかったのだ。 「――そうか。ありがとう」 「――ああ」 受け取った箱を膝の上に乗せた泰明を、そっとベッドに倒した。長く艶のある髪がシーツに散る。 「天狗っ!」 「――今更帰りたい、と言うつもりか?」 瞳を覗き込み、尋ねる。だが彼の了承を得ている以上、やめる気などない。泰明の登校日でもない今日という日 を逃す手はないだろう。 「――そうではない。泰継がいるだろう」 「――上手く誤魔化してやる」 泰継は既に眠っているだろう。そして、気付かれぬように過ごすことは天狗にとって難しいことではない。泰継の 起床は早いだろうが、それよりも先に起きて二人でシャワーを浴び、泰明を家に送れば済む話だ。 「――せめて、この中のものを受け取れ」 泰明は傍らにあった自分の鞄に目を向ける。そのファスナーを開けると、中には丁寧に包まれた箱があった。自 分へのプレゼント、だと思って良いのだろう。 「……ありがとう」 ゆっくりと、唇を重ねた。 |
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