勝る喜び

 少しずつ空に闇が広がって来た刻。庵の戸の動く気配を感じ、天狗は円座から立ち上がった。
「天狗」
 戸の前に着いたとき、泰継が入って来た。
 自分のもとへと帰って来てくれた彼を迎えるため、口を開く。
「お帰り、泰継。今日は少し遅かったな」
「すまない。普段よりもなすべきことが多かったのだ」
 彼は後ろ手に戸を閉めながら答える。だが、謝る必要はない。無事に戻って来てくれたのだから。
「いや、構わん」
 小さな声で告げてから、泰継を見つめた。
 帰って来てくれた彼を見ると、いつも胸が満たされる。夕刻になれば戻ると分かっていても、やはりひとりで
庵にいると落ち着かない。
 誰かを大切に想っていると、寂しいと感じるときが増える。幼子のようなその感情は、あまり好ましいもので
はない。
 だが。
「――どうした?」
 泰継が少し首を傾げて問う。何も言わずに視線を向けている自分を不思議に思ったらしい。
 彼の頭へと手を伸ばし、そっとなでながら口を開いた。
「……すまん。お前とふたりでいると、嬉しくてな」
 寂しさよりも、共に在ることの喜びが勝るのだ。そして、隣にいる時間の温もりはひとりのときも決して
消えない。だからこそ、寂しさにも耐えられるのだ。
「――そうか。私も……嬉しい」
 泰継は少し俯きながらも、柔らかな声音で答えてくれた。
 彼も、自分と同じように思ってくれているのだろうか。だとすれば、とても幸せだ。
 互いに違う場所で過ごさなければいけないときのために、傍にいられる今を大切にしたい。
 彼の身体を、ゆっくりと抱きしめた。
「……泰継。夕餉は、もう少し後で良いか?」
 彼の耳殻に唇を近付け、尋ねる。泰継は少し身体を強張らせたが、すぐに頷いてくれた。
 腕の中に、愛しい温もりがある。
 その幸せを感じながら、もう一度彼の頭に手を乗せた。


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