目の前にいる

「――泰継」
 足を崩して円座に座っていた天狗は、ひとり呟いた。
 今、この庵にいるのは自分のみ。普段共に暮らしている泰継は、仕事のため留守にしている。
 年の変わるこの時期、彼は内裏へ行く。陰陽師である泰継は、すべきことが多数あるのだ。
 年が明けたので間もなく帰って来ると分かってはいるが、早く自分のもとへ来て欲しいと願わずにはいられな
い。思うのは彼のことばかりなのだ。
 泰継の顔はきっといつもと変わらず美しいだろう。だが、疲労はしているはずだ。庵へと招き入れ、挨拶を交
わした後は、ゆっくり休んで貰わなければ。
 ひとりでそのようなことを決めたとき、庵の戸が開いた。
 すぐに立ち上がり、そちらへと向かう。
「天狗、今帰った」
 後ろ手に戸を閉めながら、待ち望んでいた人は言った。
 少し疲労はしているようだが、凛とした声も、澄んだ瞳も変わらない。
「……お帰り、泰継」
 迎える言葉を伝えることは出来たが、後は何も言えなかった。
 自分のすぐ前にいる人の美しさに、思わず見惚れてしまったから。
「――どうした?」
 泰継は不思議そうにこちらを見ている。
 天狗は彼と視線を合わせ、唇を動かした。
「――ひとりでいる間は、お前のことばかり頭に浮かんでいたが……やはり、目の前にいる泰継のほうがずっと
綺麗だ」
 思い浮かべていた姿も美しかったが、やはり本当の泰継には及ばない。今の彼は、どうしようもないほどに天
狗を惹き付けるのだ。
「――天狗」
「今は、触れることも出来るしな」
 自分を呼ぶ声を聞いた後、その頬へと手を伸ばした。
 滑らかな肌をそっとなでる。泰継は少し身体を震わせたが、すぐに瞼を閉じてくれた。
 彼と、ゆっくり唇を重ねる。
 泰継が自分のところへ戻って来たということを、改めて感じた。
「……天狗」
 ほどなくして解放したとき、彼は少し俯いた。その頬は仄かに赤い。
「――泰継、今年もよろしく頼む」
 手は頬からどけず、彼に告げた。年は明けたが、今年も変わらず傍にいて欲しい。
 泰継は短い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
 胸が満たされて行く。感謝の言葉を伝えてから、もう一度頬に添えた掌を動かした。


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