無防備な場所

 穏やかな昼下がり。天狗は、背に温もりを感じながら円座に座っていた。
「……晴明。お前は、良くこうするな」
 真後ろにいる人物――晴明に語りかける。
「そうだな」
 背中に彼の動きが伝わる。どうやら、頷いたようだ。
 今、晴明と天狗は背中を合わせて座っている。今日は急ぎの仕事がない、とのことで、少し前に彼はこの庵へ
やって来た。そして好きな場所に座れと言ったところ、彼は迷いなく現在の場所に座したのである。
「目が見られなくて退屈ではないか?」
 天狗は尋ねた。晴明は時折このように背中を合わせたがる。以前からそれを不思議に思っていた。目や唇を
見ることが出来ず、彼は退屈ではないのだろうか。
「そんなことはない。お前の体温が伝わって来るから」
「――そうか。まあ、儂もそれは同じだ」
 柔らかな声で応える晴明に、天狗も同意する。視線を交わすことは出来ないが、面積の広いところで彼の温も
りを感じられるこの状態は嫌いではない。彼も自分と同じように思っていたようだ。互いに、その温もりを好んで
いるということなのだろう。
 伝わって来る体温に安堵して瞼を閉じたとき、不意に、背が重くなったのを感じた。どうやら晴明が凭れている
らしい。
 急に、どうしたのだろう。目を見開いて彼に尋ねようとしたが、それよりも先に晴明は言った。
「……それに、背はどうしても自分では守れぬ場所だ。お前がいてくれると、安堵する」
 優しい声音。それを聞いた天狗は、あることに気付いた。
 彼と背中を合わせたときに安らぐのは、晴明を愛しく思っているというのも理由のひとつだろう。だが、もうひと
つある。彼を本当に信頼している、ということだ。
 晴明の言う通り、背は非常に無防備な場所である。それを任せられる、と思っているからこそ――彼と背を合
わせたときに、安堵するのだろう。そしてもちろん、自分も彼の背をしっかり守りたいと思っている。
「――儂も、同じだ」
 背に伝わる重さを何故か嬉しく思いながら、天狗は唇を動かす。
「……それは嬉しいな」
 後ろにいる晴明の、幸せそうな声が聞こえて来た。


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