無意味な二択

 外が静かになった刻。私は居間で椅子に座り、テーブルの上にある小さな箱に触れながらある者を待っていた。
 早く来てくれないだろうか。そう思ったとき、窓ガラスから訪れを知らせる音が聞こえて来た。立ち上がって窓へ
と近付き、鍵を開ける。
「晴明」
 窓を開けて靴を脱ぐと、待ち人は――天狗は慣れた様子で中へと入って来た。
 窓に施錠をし、彼をテーブルへと導く。天狗が椅子に腰かけたことを確認してから、私も彼と向き合う形で座
った。
「良く来たな。こんな時間にすまない」
 この時間に来て欲しいと、私が天狗を誘ったのだ。夜も更けているというのに時間通り来てくれた彼に、小さ
く頭を下げる。
 だが天狗は気にする様子も見せず、唇を綻ばせた。
「別に構わん。それより、ほら」
 彼は小さな袋を差し出す。透明なため、中にあるマドレーヌが見えた。私への贈りもの、ということで良いのだ
ろう。
 今日は二月十四日。大切な人に気持ちを伝える日でもある。だから私は、天狗をこの家に呼び出したのだ。
「ありがとう。では、これはお前に贈ろう」
 私も、テーブルの上にある箱を彼に見せる。だが、すぐに渡すつもりはない。紙を剥がし、箱を開け、中にあ
るふたつの小さなチョコレートを掌に出した。
「……晴明?」
 天狗は驚いたように声を上げる。私はチョコレートを乗せた掌を彼に見せてから、ひとつだけを口に含んだ。
 チョコレートを舌で転がしながら、問いかける。
「――好きなほうを選べ。口か、手か」
 私の手にあるチョコレートか、それとも今口の中にあるチョコレートか。どちらかを、選んで欲しい。
 彼は口を噤んでいる。悩んでいるのかもしれない。
 だが、ほどなくして立ち上がり、笑顔で私の隣へとやって来た。
「――悪いな晴明。その二択は意味がない」
「――天狗」
 天狗は呟くように言うと、私の手首を引き寄せ、掌にあるチョコレートを口に入れた。
 だが、まだ椅子に戻ろうとはしない。そして、彼はそっと口を開いた。
「……欲しいものは、どちらも手に入れる主義だ」
 私を立ち上がらせ、真っ直ぐに視線を向ける。
「――そうだったな」
 本当は、知っていた。天狗がどのような選択をするのか。
 彼と同じように、私も瞼を閉じる。
 ほどなくして、天狗はふたつめのチョコレートを口に含んだ。


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