なるべく


「泰継、今話せるか?」
 日付の変わる直前。天狗は、問いかけた。彼の部屋に、邪魔させては貰えないだろうか。
「天狗。もちろん話せるが、どうした?」
 返事に安堵の息を吐き、部屋の扉を開ける。そして、傍らにあった重く高さもある箱を持ちながら踏み込ん
だ。
「急にすまない。見ての通り、渡しておきたいものがあってな」
 扉を閉め、紙に包まれている箱の角をなでた。泰継は、驚いたようにこちらを見つめている。
「――これは、何だ?」
 当然の疑問だろう。時刻を見てから、天狗は彼の瞳を覗き込んだ。
「……誕生日、おめでとう。泰継」
 九月九日。今日は、彼の生まれた日なのだ。
「――ありがとう、天狗」
 瞬きもせずにこちらを見ていた泰継が、穏やかに笑う。そして、傍らの箱を見た。包まれた品に興味があるの
だろう。
「……ちなみに、これだ」
 天狗は、贈りものを慎重に箱から持ち上げ、彼の傍に置いた。
「――台、か?」
 泰継は、贈りものを見つめる。
 天狗は、頷いた。
「台所での作業に役立つ。今、ふたりいると少し窮屈だろう。これは、お前用だ」
 これは、キッチンワゴン。ラックが付いており整頓も可能だが、最上部の板は作業に役立つ。
 共に調理することもあるので、泰継が喜んでくれたら嬉しいと思い、選んだ。
 彼は短い沈黙の後、こちらに視線を移した。
「……ありがとう。だが、お前が隣にいてくれることは、嬉しい」
 天狗は、目を見開いた。
 泰継は今の少し窮屈な台所も、苦ではないようだ。
「――儂も、同じだ。傍にいて貰うため、なるべく小型を選んだ」
 彼を、見つめる。天狗も、同じだった。泰継の隣で調理すると、いつも幸せだと思える。共に作る際は、自分
だけのときより完成度も高いと思う。きっと、皿にまで想いが伝わっているのだろう。
 少し小さなワゴンを買ったので、これからも傍で調理は可能なはずだ。
「――嬉しい。ありがとう」
 もう一度、泰継が笑う。
 天狗は目を逸らさず、静かにその頭をなでた。


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