庭で浴びて

 戸の向こうに、気配を感じた。私は、視線を扉へと向ける。
「お師匠、今戻りました」
 予想していた通り、凛とした声が――泰明の声が聞こえた。
 今日の務めを果たし、帰宅した彼に向かって、呼びかける。
「そうか。泰明、こちらにおいで」
「――はい」
 彼は返答し、庵へと入って来た。私は目を合わせ、口を開く。
「お帰り……」
 だが、言葉の途中で口を噤んだ。僅かではあるが、その顔に疲労の色が見える。
「――お師匠?」
「……少し、疲労しているようだな。泰明、共に来てくれないか?」
 彼はいつも全力で任務を果たしている。大したことは出来ないかもしれないが、少しでもそんな泰明を癒せた
ら良い。そう思いながら、問いかける。
「――分かりました」
 短い沈黙の後、彼は頷いてくれた。

「花の香は、きっと疲れを和らげてくれるはずだ」
 そして。私と泰明は、庭へと出た。
 私の気が満ちているこの邸にいるのならば、気の補充まではする必要がないだろう。だが、甘い香りは、身体
もその内側も解してくれるはずだ。
「……ありがとうございます」
 彼は頭を下げてから、瞼を閉じて深い呼吸を始めた。
 夕暮れの光を浴びるその姿。
 それは周囲にある花のようでもあり、とても美しい。
 だから、泰明が目を開けたとき、私は告げた。
「――夕陽に照らされるお前は、綺麗だな」
 彼は驚いたのか、瞬きもせずにこちらを見ている。だが、その頬は薄い紅色に染まっていた。
「……そう、でしょうか」
 小さな声に頷いてから、私はその頭に手を載せた。
「きっとお前も、花のように光を求めているのだろう」
 泰明は、とても美しい。光を浴びる花と見紛うほどに。その澄んだ瞳が私を映すとき、本当に幸せだと思う。
 だが、これほど綺麗な彼の傍にいるのが、私で良いのだろうかとも感じる。光の似合う泰明に、私は相応しく
ないのではないだろうか。
 そう思ったとき、彼の声が聞こえた。
「――私にとって必要な光は、お師匠です」
 その頬には今も薄紅が浮かんでいる。だが、泰明は真っ直ぐにこちらを見ていた。
 花のように美しい彼。だが、陽の明るい光よりも私を求めてくれているのだろう。
 陽には及ばないかもしれないが、泰明が欲してくれるのならば出来る限りの光を与えよう。
「……そうか」
 小さく返答し、彼に近付く。
 そしてゆっくりと、その唇に自分のそれを重ねた。


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