のく


 元日の夕。お師匠と並んだ。今から、邸を目指す。
 年の変わる時期は宮中に赴く。新しい日々を迎える際に、陰陽師は様々な行事に協力するのだ。安らぎも少な
いとき。師の瞳も鋭かった。後ろの宮中を少し見る。私も、行事の妨害はしていない。
「泰明」
 内裏に隣接する道。進路を意識することは止める。師の声が聞こえたので、見つめる。
「お師匠、休みますか?」
「いや、疲労は処置出来る。ゆっくりと、名を呼ばせて欲しかった」
 隣に存在している優しさ。胸は少し苦しいが、無論、嬉しい。
「集中、します」
 小さく頷き、目を閉じる。胸は、師の響きを求めているのだ。
「気楽に聞きなさい。泰明も疲れているだろう」
 言葉に、双眸を開く。見つめて下さる穏やかな表情が映る。頬は熱い。だが、知らせる。
「――お師匠の声を胸に刻むことは、苦になりません」
 辛く思う理由がない。一番大切な声を貰えるとき。安堵する。
「ありがとう。私も、嬉しい。三度呼吸し、少し休もう。泰明、寄ってくれるか?」
 瞳を私と合わせ、師は問う。想いが、溢れる。
「無論です」
 頷き、共に呼吸する。
 綻ばない、小さな音。近くにいるときのみ聞き取れる。静かで幸せなとき。お師匠の傍にいられる。呼吸
も、少し弾む。
「本年になり、やっと静かなときを過ごせたな。本当に安らぐ。良く揃えられた。ありがとう」
 三度の呼吸が終わった。師は微笑を崩さずに、囁く。
 ふたりで、合わせられる。些細だが、とても貴重なこと。愛しさで、胸は更に鳴る。だが、応じる。
 目は、逸らさない。瞬きをせずに見つめる。下がらない。帰った際も、きっと邸で幸せを得られる。
 今ならば、安らぎつつ歩める。穏やかな瞳に、深く一礼した。


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