布越しの後

 年が、明けた。新しい年に変わってから初めて邸で迎える晩。泰明は晴明の庵に向かって呼びかけた。
「お師匠、中に入っても良いでしょうか?」
「ああ。おいで、泰明」
 優しい声が聞こえ、泰明は安堵の息を吐く。
 昨年の暮れから夕刻まで、自分も師も内裏にいた。年の変わるこの時期、陰陽師が行う儀は多数ある。
 眠る前に晴明のもとへ行くのは日課だが、昨日まではそれも出来なかった。これから、年が明けてから初めて
夜の挨拶をするのだ。
「――はい」
 泰明は小さく返答してから、静かに戸を開けた。
 師は円座ではなく、褥に座っている。
 泰明は、息を呑んだ。
「――泰明、すまない。今日は、こちらに来てくれるか?」
 後ろ手に戸を閉めた泰明に、晴明は穏やかな瞳を向ける。
 師匠が円座ではなく褥にいるのは、自分に触れたいと思ってくれているときだ。
 泰明の頬に、熱が宿る。だが、新しい年を迎えてからは、一度も晴明の温もりを感じてはいない。
「……分かりました」
 しばらく思考を巡らせてから、泰明は頷いた。師の傍に行きたいと思っているのは、自分も同じだから。
 脱いだ沓を揃えてから、ゆっくりと晴明に近付く。
 泰明がすぐ隣に正座すると、師は口を開いた。
「――お前に、触れさせてくれないか?」
「……はい」
 頬の熱を感じながら、答える。その直後、晴明は身体を寄せ、そっと泰明を抱きしめた。
「……ありがとう。布越しの体温も、嬉しいものだな」
 綺麗な手が、頭に載せられた。胸の奥が、満ちて行く。泰明は、瞼を閉じた。
「――私も、お師匠の温もりを感じます」
 内裏にいるときから求めていた温度。それが今は、すぐ傍にある。
 幸せを、感じた。
「……もっと、近くに行っても良いか?」
 ほどなくして、晴明の小さな声が聞こえた。
 予想していたとはいえ、鼓動が速くなる。
 だが、拒むはずがない。大切な師が、傍に来てくれるのだから。
「……大丈夫、です」
 震えた声で、泰明は答える。だが、恐怖を感じているわけではない。不安や緊張もあったが、それよりも嬉し
さのほうが勝っていた。
「――ありがとう」
 晴明の唇が、ゆっくりと近付いて来る。
 唇に柔らかさを感じた刹那、衣の帯が解かれた。


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