濡れて際立つ

「泰継、爽やかな空気だな」
 澄んだ外気の中。隣に立つ天狗が、私を見ながら言った。
 彼と視線を合わせながら、返事をする。
「そうだな。天狗、誘ってくれてありがとう」
 礼の言葉に、彼は穏やかに笑って頷いてくれた。
 北山の気はいつも澄んでいるが、やはり朝はそれを一層強く感じられる。散歩に誘ってくれた天狗に、改めて
感謝する。
 そのとき、足元に一輪の花が咲いていることに気付いた。綺麗な色に惹かれ、近くに寄ってゆっくりと屈
む。すると、あるものが目に入った。
「どうした?」
 私と同じ低い姿勢になり、彼は問う。花を指で示しながら、私は説明しようと口を開く。
「花だ。朝露で濡れているな」
 明け方の冷えにより花弁と葉に付着した露。花の美しさがより際立っていた。
 綺麗なそれに触れたくて、花をそっとなでる。そのとき、一粒の雫が指先を濡らした。
「本当、だな……」
 天狗が唇を動かす。だがその視線は、途中から花ではなく私へと移っていた。
 彼は何かを思案するかのように、身動きせずこちらを見つめている。
「天狗、どうした?」
「泰継、指を見せてくれるか?」
 何かあったのだろうか、と思い尋ねると、彼は立ち上がりながら言った。
 突然の言葉に驚きはしたが、断る理由はない。
「分かった」
 頷いてから立ち上がる。それから、両の指先を天狗へと伸ばす。
 ほどなくして、彼は一方の手を優しく掴んだ。先ほど、朝露に触れたほうの手だ。
 何も言わず私の指先に視線を向けていた天狗は、しばらくしてから口を開いた。
「――朝露に濡れていると、お前も本当に花のようだな」
 私の手をそっと引き寄せる彼。
 頬が、熱くなった。
 花ではない。私に、あのような美しさはない。
 そう告げようとしたが、天狗と目が合ってしまった。
 私を大切に想ってくれている、柔らかな光を宿した瞳。これでは、何も言うことが出来ない。
 彼の綻んだ唇が、近付いて来た。
 私は、そっと目を閉じる。
 ほどなくして、柔らかなものが私の唇を塞いだ。
 

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