訪れを

「晴明」
 中にいるであろう人物の名を呼びながら、天狗は見慣れた庵の戸を開けた。
「天狗。良く来てくれたな」
 予想した通り中にいた晴明は、突然の訪れを咎めることもなく、笑顔で自分を出迎えてくれた。
 戸を閉めて下駄を脱ぎ、彼の傍に行く。そして、気になっていたことを尋ねた。
「もう仕事は良いのか?」
 年の変わり目であるこの時期、晴明は内裏で多数の儀をこなす必要がある。この庵にいるのだからもうすべき
ことは済ませたということだろうが、一応確認しておいたほうが良いだろう。
「つい先ほど終わったところだ」
 彼は穏やかに笑い、頷いた。
 やはり、仕事は終わっていたらしい。だが。
「――そうか。来る時間をもう少しずらせば良かったな」
 帰宅したばかりならば、まだ疲労しているだろう。彼に逢いたくなり年が明けてすぐに来てしまったが、晴明が
休めるようもっと遅くなってから訪ねれば良かった。
 天狗は少し後悔する。だが、傍にいた彼は首を横に振った。
「そんなことはない。私がお前の訪れを拒むはずがないだろう」
 晴明の声は明るい。そして、唇は相変わらず綻んでいた。
 どうやら、自分と逢えたことを喜んでくれているらしい。
「――そりゃどうも」
 彼と目を合わせ、礼を述べる。大切な者に受け入れて貰えるというのは、とても幸せなことだ。
「……天狗、今年もよろしく頼む」
「――よろしくな」
 笑顔で挨拶をしてくれた晴明に、天狗も応じる。今年もこれまでと同じように、彼の隣にずっといられたら良
いと思う。
 そっと、晴明の頬に手を伸ばす。彼は何も言わず、瞼を閉じた。
 ゆっくりと、唇を重ねる。年が明けてすぐ晴明の温もりを感じられて、嬉しい、と思った。
「――天狗、良い酒があるのだ。早速だが、飲まないか?」
 互いの唇が自由になったとき、晴明は言った。
 魅力的な誘いに、頷く。
 元日に、唇を重ねるだけではなく、彼と酒を酌み交わすことが出来るとは。
 今年は良い年になりそうだ、と思いながら、晴明に示された円座に座った。


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