お休み

 
 
「天狗……」
 満月の夜、褥に横たわった泰継は、傍らに座る天狗を呟くように呼んだ。
「どうした、泰継?どこか痛むか?」
 天狗は不安になり、仄かな灯明に照らされた泰継の顔を覗きこむ。
「いや、そういうわけではない。ただ……眠りに就く前に、お前と少し話がしたいと思ったのだ」
 泰継の眠りの周期は、常人のものとは異なる。三月眠り続け、次の三月はずっと眠らずにいるということを繰
り返すのだ。不安定な肉体は、こうしなければ保つことが出来ない。
「泰継……」
 天狗は、泰継の額にそっと手を置いた。
「天狗は……私が眠るとき、いつも傍にいるな」
「――ああ」
「……何故だ?」
 色違いの瞳が天狗の顔に向けられる。
「――嫌か?」
 天狗は小さな声で言い、泰継の額をなでた。
「天狗?」
「眠るときに儂が傍にいるのは、嫌か?」
「――天狗」
 泰継は少しの間沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……嫌、ではない」
「――そうか、良かった」
 その答えに、天狗は穏やかな笑みを顔に浮かべた。
 本当は、不安なのだ。泰継が長い眠りの中で、恐ろしい夢にうなされてしまわないか、と。泰継は知らないだ
ろうが、眠りに就いた後も毎日傍に座してその額や頬に触れている。
 そんな天狗の胸中を察したのか、泰継は天狗の目を見つめ、静かに言った。
「……以前は、底に沈んでいくような暗い眠りだったが……お前が傍にいるようになってからは、温かな夢を見
ている……」
「泰継……」
 天狗はもう一度、泰継の額をなでた。
「――お休み、泰継。良い夢を」
「――ああ、お休み」
 美しい両の目が、ゆっくりと閉じられた。


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