らし

 
「泰明」
 午前零時。静寂は破られた。椅子から進む。声の主は、知っている。外を、見つめる。
 することは、決まっているのだ。そっと、手を窓に伸ばす。待っていた者を、休ませる。
「天狗。今、開く」
 短く知らせ、窓の施錠を外す。客は、すぐに迫った。
「ありがとう」
 躊躇いも見せず、天狗は窓を閉める。手に紙袋を持ち、私の傍に来る
 夜も闇を強める頃に会うこと。揶揄の映らない瞳で、願われた。本来は、不適切なとき。だが、了承してい
る。そっと、呼吸する。
 人目を欺く手法か、天狗は飛翔して訪れた。静かに移るとき、空を注視する者はまず出ない。天狗の上半身に
服がない。羽の邪魔になることを嫌ったのか。
 少し寄り、質問する。
「今日の目的を話せ」
「持て」
 いきなり、命じられる。手が、綺麗な紙袋を見せていた。
「……美しい」
 惑いつつ、小さく、呟いたとき。
「傍に、いるぞ。泰明。誕生日、おめでとう」
 優しい言葉を、聞かされた。
 暦は、九月十四日。記憶に残る日。かつての今日、私が命を得ている。
「……ありがとう」
 そっと紙袋を持ち、伝える。天狗は微笑み、頷いてくれた。
「ちゃんと、見ろ」
 逆らう理由はない。静かに、包みを解く。
 円状の菓子。調理に使える丸い杓子と、真っ直ぐな木。恐らく、貰った菓子の始終に役立つ。
「甘い品、だ」
「カルメ焼きを作った。ちゃんと味わえ。細いからな」
 改めて、品名を聞かされる。
 存在のみ知っていた、甘く、膨らみと味わう菓子。今、初めて、目にする。
 軽口を無視し、そっと食す。しつこさのない甘さが、舌に贈られた。
「癒される」
 呟き、ゆっくりと噛む。天狗の声が聞こえる。
「良かった。調理器具も、同じの持ってるが作りやすいぞ」
 小さな菓子は、食せた。天狗と、目を合わせる。
「ありがとう」
 天狗は微笑しつつ、そっと呼吸した。
「家に、戻るか」
 時の針も、少し進んでいる。新しい日に備え、休むときだ。
 天狗は窓に寄る。一瞬、引き止めた。
「今度は――天狗に、贈る」
 言葉を紡ぐ。杓子と木。誤らず使い、上手く菓子を作ろう。
「ありがとう。名残惜しい」
「ああ」
 窓から出ずに応じてくれた者と、話す。寂しさも、消えないが。
「あまり時期は置かずに、予定を組もう。では、な」
 響いた刹那、そっと、腕が伸ばされた。天狗に包まれる。驚いたが、拒まない。
 移ることは、止められない。愛しさが、胸に響いても、疼きを取り去れない。だが。
 約束に、頷く。天狗と過ごせる日を、待つのだ。
 天狗がゆっくりと腕を離す。寂しさが宿されていると思うが、表情は暗くない。
 手を振られる。私も、そっと答える。美しい羽が、映る。
 天狗は去り際にも、微笑した。手をしばらく振る。天狗が美しい羽で、飛翔した。


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